ダモダラン教授の指摘(必ずしも批判ではない)は貸し手だけでなく株式市場のプレーヤーにも及ぶ。
典型的なのはベンチャーキャピタル(VC)などだ。
教授は、ほとんどのVCがやっているのは値付けであって価値評価ではないという。
投資ではなく、安く買って高く売るトレーディングだという。
指摘の対象はファンダメンタルズの見方にも及ぶ。
最近、AIインフラの分野で売上と減価償却の計上時期にずれが生じうることについて問題視する意見が多くなっている。
こうした論法についても、価値評価でなく値付けによる批判にすぎないという。
丁寧に業界を検討し、将来キャッシュフローを想定するダモダラン教授からすれば、予想すべきは利益でなくキャッシュフロー。
減価償却費を重視するのは、キャッシュフローを見ずに会計上の損益を見ていることの表れだからだ。
誰が気にするかと言えば、利益を重んじる、PERやEV/EBITDA倍率を用いる、怠惰な人たちだ。
これこそ『値付け』が怠惰でずさんな理由だ。
怠惰でずさんで済ませたいなら、最初から個別株に投資したり減価償却を心配したりするのでなく、インデックスファンドを買って余生を暮らすべきだ。
ダモダラン教授は、AI分野での過剰能力が悪いこととは考えていない。
むしろ、AIという成長市場においては競争上プラスに働くと述べている。
フィクストインカム市場のプレーヤーがしばしば簿価でモノを考える風潮にも、ダモダラン教授は苦言を呈している。
「シニカルに言うなら、簿価で見る方法は、会計規則策定者が狂っているようなもの。
基本的に簿価は過去の世界を反映したもの。
ほとんどの場合で、簿価にはほぼ意味がない。」
特に有形固定資産より無形資産が重要になった今世紀には、この傾向が増しているという。
日本のセルサイドは、東証の発信の一部を切り取り「PBR改革」などと囃し立てているが、それこそ日本市場の幼稚さを露呈するようなものだ。
ただし、ダモダラン教授は簿価が意味を持つ2つの例外も挙げている:
- 不動産業など、保有資産の再評価が義務付けられている企業
- 投資会社など、マークツーマーケットが義務付けられている持株会社
こうした分野で簿価に注目する場合では含み損益への税効果を考慮すべきと釘を刺している。
ダモダラン教授の思い描く
- 値付けと価値評価の違い
- トレーディングと投資の違い
はイメージするのがやや難しい。
教授の発言を聞く限り、価値評価と投資は相当に手間のかかる知的なプロセスを要するようだ。
「スマートで洗練されたマネー、愚かで洗練されていないマネーなどというものは存在しない。
みんな人間であり、同じ落とし穴にはまる。
まず認識すべきなのは、投資家の95%が企業の価値を評価しないこと。
彼らは値付けをしている。」
「投資家」の95%は価値評価を行っておらず、実はトレーダーだと示唆している。
ただし、ダモダラン教授は、決して値付けやトレーディングが悪いと言っているわけではない。
教授は、自分の行動の中にも投資だけでなくトレーディングが含まれていると従前から認めている。
「自分が投資家なのか、投資しているのかトレーディングしているのか、自問すべきだ。
トレーディングが悪いと言っているのではない。
自分に正直であれ、と言っているのだ。
トレーディングをしているのなら、成功をもたらすのは値付けであり、いつ売り抜けるかだ。
値付けで重要なのは、低い価格で買い高い価格で売ること。」
値付けとは、市場がどのように投資対象の価格を決定し、将来決定するかを理解し、実際に価格を付けること。
それに従って《安く買って高く売る》をやることになる。
それが価値を反映したものであるとは限らない。
ダモダラン教授は、価値評価を行おうとする5%に対しても苦言を呈する。
「企業価値の評価をしようとしている人を見ると、多くの人が評価の数式にばかり気を取られ、何が価値を生み出しているのかを見失っている。
それは見積もった成長率・利益率・再投資の数字ではなく、それら数字に行きついたストーリーだ。・・・
財務モデルはほとんどの企業において機能しない。
あなたが本当に投資家なら、財務モデルから離れろ。
それは道具にすぎず、それに支配されてはいけない。」
確かに、世の中には類似企業比較法(株価倍率や企業価値倍率)やDCFのスプレッドシートを埋めて、企業価値が評価できたと思い込む人が驚くほど多い。
類似企業比較法があまりにも簡便化された手法だとし、DCFを採用するにしても、重要なのはスプレッドシートではない。
そのシートにどのような数字を入力するか、入力値の背景にある見通しやストーリーの方なのだ。
