ジェレミー・シーゲル教授は、AIが雇用を奪うとする見方(シトリニ・リサーチによるレポート等)に対し、マクロ経済学の観点から反論している。
例えば、AIがみんなの生産性を2倍にすると仮定すると・・・みんな2倍生産するため、現在のGDPを週5日でなく2.5日で生み出せることになる。
シーゲル教授がウィズダムツリーのポッドキャストで、AIがマクロ経済にとってプラスとなる理由を、例を用いて解説している。
シーゲル教授はマクロ経済の専門家。
今回の解説も実に正統的なマクロ経済学的予想に基づいている。
しかし、多くの人が知っているように、マクロ経済学には多くの限界がある。
ここでは、少なくともミクロの視点、あるいは比較的短期間において、マクロ経済学的予想から大きく逸脱する可能性を指摘し、シーゲル教授の論拠に対する《悪魔の代弁》を試みる。
(教授)「みんなの生産が2倍になるということは、みんなの賃金が2倍になるということだ。
なぜなら、生産性と賃金は極めて密接に関係している。」
(悪魔)生産性と賃金の間の関係には異論がないが、賃金が2倍になるとの推論はたとえ長期で見ても無理がありそうだ。
米国において(実は日本でも)前世紀の終わり頃から労働分配率が明らかな低下傾向にある。
すでに30年ほど続いており、短期的というより趨勢的変化を疑うべきだ。
(教授)「そうなってもみんな2倍の賃金をもらうことはない。
週2.5日に加えてあと1日働けば、所得は」40%増え、ほとんどの人はそうするだろう。
それでもまだ週に3.5日の終末があり、AIと生産性の結果としてレジャーが劇的に増えるだろう。
それは過去200年の傾向にも表れていた。」
(悪魔)この議論には、生産性の上昇にともない企業がすべての労働者に均等にワークシェアを行うとの前提があるが、これは現実と少しかけ離れている。
通常、企業は生産性上昇を実現できる場合、仕事量を一部の労働者に配分し、残りをレイオフするものだ。
その場合、レジャーによる需要増は見込めず、失業が増える。
かつて週休1日が週休2日になる場合では、週休1日を維持してレイオフしようとするインセンティブは大きくなかったろう。
しかし、週休2日が3.5日になる場合、企業はむしろ人員削減を選びたがるだろう。
仮にシーゲル教授の予想が正しいなら、所得は増え、需要も増えるので、雇用にプラスとなる可能性もある。
仮に悪魔の予想が正しいなら、全体の所得の増加はそう大きくなく、休日も増えず、需要増は限定的で、逆に失業の増加が総需要を下押しし、経済が停滞しかねない。
いずれの見方を支持するかは読者にお任せするが、シーゲル教授流のマクロ経済学的予想は、マクロ経済内部での様々なミクロな分配を無視しているという点で、やはり楽観的すぎるように思える。
この問題のヒントは、最近のヌリエル・ルービニ教授の指摘にあろう。
教授は「資本主義は内部から崩壊する」というマルクスの考えを引用し、再配分の必要性を説いた。
所得の分配がいびつになる分をいくらかユニバーサルベーシックインカム的な制度で再配分する必要があり、そうしないと「革命になる」と語った。
すでに共産主義が明らかな失敗に終わった今、「革命」によって資本主義が崩壊するとは思えない。
しかし、現在の体制が大きな見直しを迫られるとの見方には説得力があり、近年のポピュリズムの台頭はその見方を支持しているものとも思える。
レイ・ダリオ氏は最近、2021年の著書の一部を公開し「ビッグサイクル」終期にほとんどの国で実質ベースの投資価値が大きく失われたと強調した。
債務拡大にともなうインフレだけでなく、富の格差拡大を縮小するために「資産没収、没収的課税、資本規制」が実施されたと指摘している。
これまで考えにくかった形での再配分が行われたわけだ。
仮にAIが予想されるように大きな労働生産性の上昇をもたらすなら、富・所得の再配分とまではいわなくても、少なくとも労働機会の保証・再配分が必要になるのではないか。
