佐々木氏は今回のビデオで、1939年に1ドル4円台だった円が、1949年ブレトンウッズ体制下での固定レート360円まで減価したプロセスに触れ、長期的な円相場の見通しを暗く示唆している。
『歴史は繰り返さないが韻を踏む』と言われるが、当時は戦争になったためにハイパーインフレになり、360円になった。
今回は戦争ではないと思うが、やはりだんだん財政を出していくのが止められなくなっている。
仕舞いには、日銀に利上げさせないようにするとか、場合によっては日銀にもっと国債を買えと言い出しかねない。
そう考えると、例えば、ここから10年後、20年後にドル円相場が100円になるか200円になるかいうと、答えは見えてきているのではないか。
高橋是清暗殺後、日銀は比較にならないほどの金額の国債を引き受けさせられることとなった。
市中消化のため金融機関等が半ば強制的に買わざるをえないような制度整備がなされた(富田俊基)。
さらに、個人向けの拡販のため郵便局、公共団体、会社、商店に窓口が置かれたという。
1943年の国債貯金制度では、国債購入のみを目的とし原則として払い出しが認められない貯金制度が設けられ、隣組などの組織を通じ貯蓄額のノルマが設けられた。
国家権力により戦費調達のため莫大な資金が集められたが、その国債の価値が戦後どうなったかは円相場の下落度合いからも想像できる。
佐々木氏は、財政立て直しのために実施された預金封鎖と新円切り替え、財産税についても言及し、その目的が需要抑制、国民の資産の把握と徴税にあったと解説した。
最近、円安に関連して資本規制の可能性が話題に上がる例がしばしば見られる。
過去を振り返れば、これは為替の観点だけに限ったことではない。
国家が民間の資金を吸収するためにも用いられうる。
日銀は量的緩和で国債買い入れの実績を作ってしまったし、政府は現在、国債消化のために国民や年金をターゲットにした制度整備を検討している。
(相続税等での)様々な優遇制度は、裏を返せば《消極的な資本規制》のような側面もある。
戦前・戦後に(好むと好まざるとにかかわらず)国債を買った国民に何が起こったか。
仮に《消極的》でなく《積極的な資本規制》となれば強制力をともなって敷かれることになるから、個々人の工夫では対処しきれない。
本当に《歴史が韻を踏む》のであれば、ブレーキを踏むのに残された時間はそう長くないのかもしれない。
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