ふくおかFGの佐々木融氏が、戦前1ドル4円台から戦後1ドル360円になった時代の変遷を回顧し、長期的な円相場の方向性を示唆している。
「1932年に当時の大蔵大臣 高橋是清が日銀に国債を引き受けさせ、財政を拡大した。
これをアナウンスしたことで、通貨の価値は落ちて1ドル4円台になった。
この政策のおかげでデフレを脱却した。」
佐々木氏が自社ビデオで、明治政府の下1ドル1円で始まったドル円相場の歴史を回顧した。
FPは長年、長期投資の視点で重要・興味深いと思われるテーマやトピックを紹介してきた。
佐々木氏は為替という観点で長期的な視点を語り続けており、FPでは長く同氏の発信をフォローし続けている。
1ドル1年から最近に至る歴史については、まだドル円が110円台だった2021年9月の記事でも取り上げた(1971年のニクソン・ショックまでの時系列を表にしてある。)
興味深いのは、2021年9月当時、佐々木氏が日米物価上昇の乖離を根拠としてドル円100円割れを予想していた点。
長期的には為替は二国間の物価の差によって決まるとの伝統的な考えによるものだった。
当時まで、名目為替レートで計算される日米間の物価の乖離は趨勢的に拡大を続けていたように見えていた。
佐々木氏はこの乖離が縮小する(名目レートで円高になる)と見ていたが、一方で「実質的な円の価値の下落は続くだろう」と予想していた。
結果論で言えば、名目為替レートが大きく円安になった点で予想は外れている。
一方、「実質的な円の価値の下落」が続いた点で予想は当たっている。
つまり、名目為替レートで計算される日米間の物価の乖離が拡大したのである。
すでに安かった日本が、さらに安くなったのである。
佐々木氏は、名目為替レートが円高にならない可能性にも言及しており「むしろそうならない方が日本経済にとっては不気味だ」と書いていた。
まさに「不気味」な状況が実現してしまったのである。
今回のビデオで紹介されている高橋是清の財政・金融政策については1つ注釈を付けたい。
高橋が日銀に国債を引き受けさせた時、その国債の大半は追って市中で消化された。
つまり、日銀の立ち位置は(異次元緩和による債券買い入れとは異なり)一時的に保有するアンダーライターのようなものだった。
それでも結果的には、高橋の政策は日本が戦争に突き進むことを可能にし、財政規律を弛緩させた。
1934年から高橋が財政再建と軍事費抑制を図ろうとすると、1936年陸軍の一部がクーデター(二二六事件)を起こし、高橋らを暗殺してしまった。
クーデター自体は失敗に終わったが、軍部が政治の主導権を握るようになり、日本は太平洋戦争へと突き進んでいった。
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