ふくおかFGの佐々木融氏が、趨勢的な円安基調についての感慨、米ドル安の可能性について語っている。
「アベノミクスがスタートした時から(状況は変わって)きた。
・・・経済状況は全然違うのに同じようなことをやろうとしている。
それに対し国民も支持している。・・・
我々日本人がどう思うのか、意見を変えるのか変えないのかの分岐点なのではないか。」
佐々木氏がIGNiTで、日本が分岐点に差し掛かっていると発言した。
民意が高市政権を支持し続けるなら、為替で言えば、これまでと同じく円安基調が続くとの意見だ。
もっとも、現政権がアベノミクスと「同じようなことをやろうとしている」というのは、やや誤解を生むかもしれない。
少なくともパンデミック前に限定すれば、アベノミクスにおける財政政策は「3本の矢」と謳うほどには吹かされなかった。
(パンデミック時の財政支出は当然だった。
その後、やや財政規律が弛緩したことには議論の余地があるかもしれない。)
初年度こそやや財政を用いたが、アベノミクスにおける刺激策の大部分は異次元緩和頼みだったと言うべきだ。
パンデミックが世界を変えてしまうまでのアベノミクスは、財政は控えめ、構造改革はあまり見るべきものがなかった、というのが実態だろう。
佐々木氏はこのインタビューで、財政支出による投資の必要性を認めている。
しかし、莫大な投資金額ばかりがアピールされると、その消化ばかりに注力され、本当に必要なことが後回しにされかねないという。
同氏によれば、日本の実質成長の向上に必要なのはお金より規制緩和や構造改革だという。
その実現に必要なのはお金ではなく既得権益を有する団体、周囲の人たちとの交渉だという。
アベノミクスを振り返って3本目の矢が期待はずれだったとの指摘は少なくない。
佐々木氏は、予想が外れ円が再び強くなるケースについて例示している:
- 米ドル安となる
- 日本で規制緩和・構造改革が進み、国内での投資が進む
佐々木氏は、現状の円安・インフレなど、日本に起こっている変化について諦観とも言える考えを述べている。
この流れは誰かが悪いのではなく歴史の必然なのではないか。
中央銀行が紙幣を発行するようになると、最後はこうなるのではないか。
これじゃダメだとなるといった繰り返しなのではないか。
高市政権の支持率が高いのも、歴史の必然なのではないか。
多くの投資家が好んで口にする《歴史は韻を踏む》と似た感慨だろうか。
レイ・ダリオ氏が過去10年ほど繰り返してきた長期サイクル論などと重なって聞こえる。
佐々木氏は、同じ構図を米ドル相場にも見ているようだが、米国が覇権国の地位を守ろうとしていること、テック分野が強いことから、目先で日本と同じ展開を予想はしないという。
ただし、「10年、15年、20年」では、似た展開がありうると語っている。
