世界中で高インフレと株価上昇が見られる中、バブルの研究家として有名なジェレミー・グランサム氏がボルカー・ショック時の債券市場を回顧し、外挿的予想の危うさを紹介している。
「あれは酷かった。・・・
最後にはブレーキがかかったが、大型工業株でPER 7.5倍、配当利回り10%となる低(株価)水準まで下がった。・・・
実質ベースで市場は65%下げ、容赦なかった。
それ以降あれより悪いことはなかったし、大恐慌に次いで最悪なのはみんな同意するはずだ。」
グランサム氏がBehind the Balance Sheetで、1973-74年のニフティフィフティ・バブル崩壊を回想した。
インフレの嵐が吹き荒れた1970年代については、すでに何度もFPでレビューしてきた。
メインシナリオであるかどうかは別として、現在はこの数十年で最もスタグフレーション的な停滞、インフレ下での弱気相場が心配されている。
インフレ下でのバブル崩壊の先例としてニフティフィフティ・バブルへの関心が高いのは当然のことだ。
また、石油ショックに見舞われたこと、超優良株であったニフティフィフティ銘柄が急落したことからも、現状について心配する種となっている。
高インフレと高金利はボルカー・ショックの1982年まで続いた。
グランサム氏は、米30年債利回りが16%(注:FRBの終値データでは15.2%)でピークを打ったと紹介した上で、債券市場の不合理な振る舞いを指摘した。
「理解しがたいのは、その後の30年間に対して市場が過去最高のインフレ水準を織り込んだ点だ。
これは明らかに債券市場が将来を予想していないことを示しているのではないか。
当時、ある経済学者のグループは4.5%の長期インフレを予想したばかりだった。」
グランサム氏は、当時の債券市場がその後の30年間について過去を外挿したのは明らかだという。
不特定多数の集合体である市場は、ケインズが指摘した《外挿的期待》を形成したわけだ。
グランサム氏は、個々の市場参加者の意見とは異なるのに、外挿が行われたとし、それこそが市場参加者や金融機関にとっての「鉄則」であると指摘した。
「1人だけ間違えてはいけない。
みんなが現在の状況を外挿するなら、自分も同じでなければいけない。・・・
みんなが同じ考えで同じことをすれば、仕事を失うことはない。」
1982年の債券市場に限ったことではなく、株式市場についても言える、2つの意味での鉄則だろう。
- みんなで渡れば怖くない: 運用業界やセルサイドは、業界全体でこける限り大きな問題とはなりにくい。
ライバルより劣れば競争に負けるが、同じならまあまあ許される。
《みんなで渡れば怖くない》からみんなで強気を続ける。
(弱気だと預かり資産が流出してしまうので、みんなで弱気とはなりにくい。) - 投資リターンは人気投票: 市場価格は市場参加者の人気投票で決まる。
少数のプレーヤーがたとえ正しいことを唱え、実行しても、他の大勢が追随しない限りは結果として成功しない。
ただし、大勢が追随した場合は様相が一転する。
グランサム氏は、過去企業利益が中央回帰してきたと指摘する。
だから、利益率が異常に高い時、(予想に)適用するPERについて用心しなければいけない。
株価をPERで評価する場合には二重の危険に注意しなければいけない。
相場がピークを打って弱くなると、PERだけでなくEPSも弱くなる傾向にあるとの経験則だ。
この問題を回避するために提唱されたシラーCAPEレシオは40倍弱と、1929年(暗黒の木曜日の前)の水準を超え、2000年(ITバブル)に次ぐ高水準になっている。
舞踏会に参加する限りダンスを踊り続けなければならないが、音楽が終わりそうなら出口に近いところで踊るぐらいの注意をすべきなのだ。
