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【書評】日本経済の死角(河野龍太郎 著)

BNPパリバの河野龍太郎氏による、日本の長期停滞の真因についての論考。
「収奪的システムを解き明かす」との副題どおり、長期停滞の主因が不適切な分配にあるとの意見だ。
各種ベストセラーランクでトップとなっている。(22日 浜町SCI)


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「大企業経営者は、生産性を上げなければ、実質賃金を上げられないと繰り返しますが、過去四半世紀、生産性が3割も改善しているにもかかわらず、実質賃金が全く増加していないのが実情でした。
その結果、個人消費が低迷を続け・・・」

河野氏が本書で主張するのは、大企業を含む日本企業が生産性上昇の果実を十分に労働者に分配してこなかったということ。
これを「収奪的」と指摘しているのだ。
もちろん犯人は企業だけではない。
悪意はなかったのかもしれないが、労働法制・雇用制度・社会保障などの制度変更が「収奪」を助長したと指摘されている。
特に非正規雇用の労働者へのしわ寄せが問題の慢性化を許したとの示唆もある。

近年ようやく実質賃金が上昇しないことが問題視されてきている。
思えば、以前は《仮に実質賃金が上がらなくても、それは労働者・雇用形態のミックスの変化によるところもあり、総労働者の得る賃金合計が拡大すればプラスと見るべき》などといった言説まで見られた。
ミクロの問題をマクロの数字で覆い隠し問題を放置した結果、結局マクロの問題に跳ね返ってきたようなものだった。
そうした欺瞞が通用しなくなったところで、この著書のような問題提起が出てきたのはある面で当然の帰結だろう。
日本で暮らす一人一人に関わる課題について、本書では感傷やイデオロギーに囚われない議論がなされており、心配なくお奨めできる良書だ。

河野氏は現在進行中の「収奪」を具体的に2つ挙げている。

「ユニットプロフィットが増えても、企業が賃金の引き上げを今後渋るのなら、物価高による実質賃金の低下を通じて、家計から企業への所得移転が進む・・・
同時に企業業績の改善で税収も増えるでしょうから、家計から政府へのインフレタックスによる所得移転も進むことになります。」

「インフレタックス」を税収による所得移転と読めば小さなことに聞こえるが、決してそうではない。
この話を逆側から読むなら、債権者(家計や企業)から債務者(政府)へのストックに基づく所得移転が存在するのは明らかで、ストックが大きいゆえに移転する所得も大きなものになっているのだ。

今ほとんどの国民が嘆いている点について1つの冷静な解説を与えてくれる著書であり、文句なく推奨したい一冊だ。
筆者はほとんどの主張について賛同している。
賛同するがゆえに、以下3点あえて反論的な意見を付け加えさせていただきたい。

(次ページ: 大企業の正社員でも収奪されてきた?)


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