ハワード・マークス氏は、今回のMemoの前半、タイトルでもある「誰もわからない」という話を書いている。
今後も予想がつかない展開になるとの思いからだろう。
誰にも将来を正確に予想することはできず、特に「世界の終わり」のような急変については予想がつかない。
だから、当たるかどうかわからない予想に基づいて行動してはいけないと説いている。
予想をするのなら、それぞれのシナリオの確率についてもかなり正確に推計しないといけないと書いている。
興味深いのは、リーマン危機直後の大混乱の中、それでもマークス氏がディストレストを買い始めた時の考え方だ。
「誰も、特に私には、このスパイラルが食い止められるかどうかわからなかった。
それでも私は食い止められると仮定し、よって、とても下がった価格で金融資産に資金を投じるべきと結論を下した。」
正確な予想、確率の予想ができなくとも、投資をすべき時があるとの考えだろう。
マークス氏はなぜそう決断したのか:
- 世界の終わりを確信をもって予想することはできない。
- 世界が終わるのを知ったとしても、どうすればいいのかはわからないはず。
- 世界の終わりのために備えるべきことは、もしも世界が終わらない場合、悲惨な結果を生む。
- ほとんどの場合、世界は終わらない。
極めて現実的な対処法ではないか。
「世界の終わり」について予想はできなくとも、その結果が非対称になることは予想できたわけだ。
読者は今回の混乱で冷静に行動できただろうか。
(もちろん、押し目買いをするだけが正しい判断ではなく、売るのもまた1つの見識かもしれない。)
これだけ大きな変化が起こりうるのだから、少なくとも何かを考えなければいけなかったはずだし、それはこれからも続くはずだ。
マークス氏は、行動の是非について次のように書いている:
私たちが留意すべきもう1つのことは、行動しないと決断することが行動することの反対ではないということだ。
行動しないことも、それ自体が行動なのである。