今週のジェレミー・シーゲル教授のポッドキャストは全く無意味なものだった。
ポッドキャスト出演時間のすべてを、トランプ大統領によるパウエル議長批判に関するコメントに充てている。
ジェローム・パウエルが辞任すれば、FRBの独立性にとって実質的によい影響を与えるだろう。
シーゲル教授がチーフ・エコノミストを務めるウィズダムツリーのポッドキャストで、自ら「ショッキング」と話す私見を述べている。
教授は同日のCNBC出演でも同じ意見を5分あまりに渡って展開している。
シーゲル教授はこの意見を「シナリオ分析」に基づく「結果重視の論拠」による結論と説明している。
教授は2つのシナリオを説明した。
- 第2四半期に米経済が悪化すれば、トランプによる批判がエスカレートし、同調する人々が増え、FRBの独立性がますます危うくなる。
- 結果がよい方向に向かえば、トランプは「大きな美しい法案」や関税政策の手柄にする。
いずれにせよ、FRBにとってダウンサイドしかないと指摘。
それならば、FRBの独立性のためにはパウエル議長の自主的な辞任の方がよい結果になるとの理屈である。
気持ちは理解するが、あまりにも無理筋な駆け引き論だ。
この議論を肯定するなら、トランプが法やその精神を遵守しない場合(実際しばしばそうなっている)、トランプの意に添うように憲法や法を改正した方が米国における法の支配が保てる、との理屈をも肯定することになる。
こうした無理筋の議論が提示された時、私たちは少なくとも2つの観点から問題を見つめ直すべきだろう。
- 仮にシーゲル教授と現在のFRBが政策に関して同意見だったとしても(実際には反対意見)、果たして教授はこうした議論を展開しただろうか。
- 仮に登場する固有名詞を変えた場合、つまりパウエルをバーナンキに変えたり、トランプをバイデンやオバマに変えた場合に、印象が違ってこないだろうか。
「結果重視」の結果は果たしてFRBの独立性なのか、FRBの政策なのか、吟味が必要だ。
シーゲル教授はこうも主張する:
「こうまとめさせてほしい: トランプに全責任を負わせるんだ。
生じる問題を他に転嫁したり、他の人のせいにしないようにするんだ。」
トランプが自分の失敗の責任を取らないのは公知の事実。
傀儡のFRB議長の下で何かが起これば、よいことは自分の手柄、悪いことはバイデンやパウエルの責任とするのが目に見えている。
もう少し深読みするなら、なぜ伝統的な保守層、しかもMITで金融政策の分野でPhDを取得した高名な学者がこうした議論を展開するのか、考えてみるかいがあるのかもしれない。
《永遠のブル》から見ても、FRBの引き締め的金融政策、または関税の影響を受けうる米経済に差し迫った危うさがあるのかもしれない。
あるいは、単に米政治が秩序を失いつつある中で、米社会に正統的な考えが通用しなくなってしまっているのかもしれない。
他にも多くの潜在的な可能性がありえようが、いずれも決して好ましいものではあるまい。
もっとも、米国にはまだまだバランス感覚も残っている。
それは、ポッドキャストのMC(シーゲル教授の愛弟子であるウィズダムツリーのジェレミー・シュワルツ氏)の最後の言葉に表れている。
「教授、いつも素晴らしい洞察をありがとうございます。
あなたがFRBにいて、FRBを率いることを切望していますが、不幸にもまだそうなっていませんが、素晴らしい素晴らしいお話でした。」
今週は、名誉教授のたわごとで21分。
それ以外、何もなかった。