河野氏の新著『日本経済の死角』に対する3つの所感の1つ目は、長期雇用を続ける大企業の正規雇用の従業員においても収奪があったのかという点。
「問題を複雑にしているのは、日本の時間当たり実質賃金が横ばいであるという事実を、日本のエリート層である大企業の経営者らが十分に認識していないことだと思われます。」
河野氏によれば、大企業の経営者たちは問題の所在を中小企業だと考えているという。
なぜなら、大企業の正規従業員の賃金は、ベアがゼロの中でも昇給昇格によってそこそこ上昇してきたからだという。
(派遣社員にしわ寄せされている問題を除いても)河野氏は、この捉え方に異を唱えている。
「そこには、会社全体、あるいは一国全体のの毎年の生産性上昇は全く反映されていません。」
これは正論ではあろうが、考え方の相違でもあるかもしれない。
かつて日本が輝いていた頃、
ベアはインフレを補うもの
昇給昇格は生産性上昇に報いるもの
といった淡い意味合いがあったのかもしれない。
しかし、停滞後は
ベアはゼロ
昇給昇格はインフレ(実際にはディスインフレ)を補うもの
に主たる目的を変えたのかもしれない。
これは紛れもなく労働者にとっての不利益変更であり、国内消費へのマイナス要因でもあるが、経営者から言えば《変更しました》というだけのことかもしれない。
年功が生産性を上昇させるとは考えない世の中になったからだ。
むろん、その一方で企業が使い切れないキャッシュや非事業性資産を貯め込んでいるのは問題だが、そこを切り離して議論すれば、反論したくなる経営者もいるのではないか。
ただし、もちろん、企業には適切な労働分配を行う責務があるし、特に今後についての河野氏の懸念は重要な問題提起だと思う。
河野氏は、多くの企業の経営においてベア・ゼロがノルムになっている点を心配している。
仮に日本がインフレの経済に戻った場合、このノルムを引きずることで、実質賃金の伸び悩みをいっそう助長しかねないというものだ。
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