ECBフォーラムから、世界の5つの中央銀行総裁(ECB、FRB、BOE、韓銀、日銀)を集めたパネルの様子が公開されている。
あいかわらず、植田総裁のすごさが感じられる。
2年前にもFPでは同フォーラムでの植田総裁に発言について紹介している。
当時も、飛び抜けた知性と懐の深さに驚いたが、2年後の今回も様子は変わっていない。
まず、ちょっと良くない点から感想を述べよう。
それは、日本経済と政策の状況に赫々たる成果があったとは言い難い点。
2年前も植田総裁は、CPI総合こそ2%物価目標を上回っているが、基調的なインフレは2%に達していないと話していた。
今回も、程度は別として、同じ状況に留まっている。
ただし、それでも日銀は(大きな事故を起こすことなく)果敢に利上げを続けるなど、よくやっていると褒めるべきだ。
また、同じ結論を話す植田総裁にしても、日本の狭い論理に逃げ込まず、世界の人々に通用する論理で分析的に状況を説明している。
他の中銀総裁に勝るとも劣らない発言ぶり、発言内容だった。
(このパネルの主役はホストであるラガルド総裁とともに植田総裁だったと言ってよい。)
良かった点。
植田総裁は世界から愛されていると感じられる点。
英語の美しさ、率直な人柄、ユーモアから、多く発言を求められていた。
世界のトップを集めた会議で、これほど多くの発言を求められ、実際に発言し、聴衆を納得させ楽しませることのできる日本人はほとんどいない。
実際モデレーターの質問内容は、植田総裁個人の気持ちにまで及んでいる。
(モ)「(2年前)中銀総裁の過密スケジュールに驚いたと言っていたけど、慣れた?」
(植)「まだとてもタイトだ。・・・2年前と同じで変わっていないが、少し慣れたよ。」
(モ)「2028年までの任期での最大の仕事は?」
(植)「前に言った通り、CPI総合は2%超で、基調的インフレは2%未満。
任期中にこの両方を2%に収束させたい。」
(モ)「ワシントンで10月、利上げペースなどで夜も眠れないと言っていたけど、今もそう?何が心配?」
(植)「昨晩も眠れなかったよ。(会場から笑い)
理由があるんだ。
(韓国中銀)李総裁がディナーの時隣で、エスプレッソはコーヒーよりカフェインが少ないと教えてくれたんだ。
それで迷わずエスプレッソを選んだんだ。(会場から笑い)」
(李)「それは重量あたりのカフェインでなくて、カフェインの総量の話だったんだよ。」
(植)「それは冗談だけど、国際会議の間、同僚たちと話す機会があり、多くの有用な洞察を得ることができる。
就寝すると、それについて考え、すばらしいコメントを勘案し経済見通しや政策・戦略を調整すべきかもしれないと自分に問いかける。
そのため時々目がさえてしまう。
でも、私たちの間の信頼を保つことはすばらしいことだ。
これこそ中央銀行家の仕事の基盤となることだ。」
これはすごい。
李総裁をダシに使いつつ、モデレーターの遠回しの質問を巧みにかわし、建設的な一般論で質疑を終わらせている。
実際のところ、モデレーターは特に植田総裁に対しカジュアルで答えにくい質問を多く投げかけている印象だった。
植田総裁は(2028年まで任期があるのに)「後継者に何をアドバイスするか」とさえ尋ねている。
総裁はしばらくゴニョゴニョつぶやき時間を稼いだ末、ここでは率直にど真ん中の答を述べている。
2年半後に任期が終わり、もしかしたらインフレは2%になっているかもしれない。
でも、バランスシート縮小は適正水準まで進まないだろう。
だから後継者には、さらなるバランスシート規模縮小は細心の注意をもってあたれと言うだろう。
答えてよいところは答え、かわすべきところはかわす。
もちろん卓越した頭脳の持ち主なのだろうが、同時に天然で対応できている面もあるようにも見える。