みなさんの中には愛すべきジェレミー・シーゲル教授を《おもろく調子のいいお爺ちゃん》と思っている人も少なくなかろう。
少なくとも以前、筆者は教授を、投資についての実証研究をしている学者と思っていた。
その印象が圧倒的に強かった。
ところが、この学者の本来の専門はマクロ経済学、金融政策だ。
有名な投資の教科書の上梓から遡ること22年前の1972年(MITでPh.D取得の翌年)、シーゲル教授は「シーゲルのパラドックス」と呼ばれる現象を指摘している。
期待値が引き起こす錯覚(?)についての現象だ。
(すでに多分にミクロっぽい。)
Wikipediaによれば、シーゲルのパラドックスとは
理論上、将来に対する不確実性により、合理的消費者が、価格が確実になった後に選好する消費財を買い戻すつもりで、一時的に選好する消費財(または通貨)を選好しない消費財(または通貨)に交換しうる現象
うーむ難しい。
英語の原文の方がはるかにわかりやすい。
これを読みやすくするより、例で解説した方がてっとり早そうだ。
1995年、この現象をブラック・ショールズ・モデルでも有名なフィッシャー・ブラックが単純な例で説明している。
リンゴを好むリンゴ国とミカンを好むミカン国がある。
現在の交換比率は、リンゴ1個=ミカン1個。
1年後には1/2ずつの確率で《リンゴ1個=ミカン2個》または《リンゴ2個=ミカン1個》となるとする。
リンゴ国のリンゴ太郎が
《今1個のリンゴを1個のミカンと交換し、来年リンゴに戻す》
とすると、1/2ずつの確率で次のペイオフを受け取ることになる。
・リンゴ1/2個
・リンゴ2個
期待値は、2 × 1/2 + 1/2 × 1/2 = 1.25個のリンゴ。
ミカン国のミカン花子が対称の取引を行えば、期待値は1.25個のミカン。
太郎と花子の取引は対照的。
2人で(時価による1年後の)契約を締結するだけで実現でき、つまり、2人で構成するシステムの内外に影響を与えない(ゼロサム)。
(時価取引だから、取引が成立しうる限り事前に契約する必要さえない。)
それなのに、2人とも年25%のリターンを上げた。
これが一見パラドックスのように見えるという話だ。
(何であのブラックが、と思った人もいただろうが、この例で思い当たった人もいるだろう。
この例、オプション・プライシング・モデルの基本、バイノミアル・モデルと似ている。
バイノミアル・モデルの(ノードを共有する)ツリーでは幾何平均がゼロでも算術平均がプラスになる。)
さて、上記のわかりにくい定義の訳文でカッコに囲まれた部分があった。
ブラックの例をカッコ内の「通貨」に置き換えると、途端に国際金融の話になる。
つまり、アメリカ人は円に投資した方がいい、日本人はドルに投資した方がいい、等々。
ブラックは、国際投資を行う場合、為替ヘッジをすべきでないと示唆している。
もっとも現実には、国際投資には為替だけでなく現地通貨建てリターンや為替の要因もあるから、これはあくまでも単純化したモデルでの話だ。
リターンの期待値、つまり期待リターンは信じてよい数字なのか。
それとも《封筒のパラドックス》と同様、錯覚にすぎないのか。
2つ言えそうなのは、少なくとも投資家はこの錯覚に騙されている可能性が高いこと。
そして、シーゲル教授は冴えた人、ということだろう。