ロバート・シラー:ビットコインをディスるつもりはない

資産価格の実証的研究で2013年ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授が、ビットコインの物語について語っている。
教授は仮想通貨をディスるつもりはないという。


とても魅力的だ。
ディスるつもりはない。

シラー教授がCNBCで仮想通貨へのスタンスを語っている。
仮想通貨マニアの中には、伝統的な資産クラスに関わっている人たちに対する偏見が存在する。
伝統的な資産クラスを扱う投資家・ストラテジスト・エコノミストからすれば、仮想通貨はバブルの定義そのものだ。
だから、バブルだと言う。
シラー教授もそう言う。

「私はビットコインをある種のバブルとして大変興味深く注目している。
ビットコインが消えてしまうとか、弾けるとか言っているのではない。
しばらくは存在するかもしれない。」

これは、決して仮想通貨をディスっているわけではない。
自分たちとやや異なる世界の話と捉えているに過ぎない。
しかし、そういうスタンスに対して牙をむく仮想通貨マニアが少なからず存在するのだ。

FPに対しても仮想通貨嫌いと考える読者が多いが、決して嫌っているわけではない。
それは、FPが宝くじ、海外のカジノ、公営ギャンブルを語らないのと同じことだ。
宝くじ、海外のカジノ、公営ギャンブルで楽しんでいる人を批判するつもりは毛頭ない。
特に後者2つは能力次第でプラスの期待リターンがとれる可能性もある。

伝統的資産クラスの関係者に対して過剰に牙をむく仮想通貨マニアには2種類いるのだろう。
 ・単に仮想通貨が好きな人
 ・カモを誘い込みたい人
前者については人好き好きということであるが、後者については問題と言わざるをえない。
仮想通貨をディスるつもりは毛頭ないが、仮に
 1) 不正行為を助長する
 2) 思慮のない人の財産を脅かす
となれば、それは社会悪になってしまう。
1を忌避するのは当然だが、2についても適合性の原則に敬意を払うべきだろう。


つまり、FPは仮想通貨を嫌っているわけではない。
行動経済学者であるシラー教授はなおさらだ。

「私にとってビットコインは移り気な人間の振る舞いの一例なんだ。」

バブルとその崩壊は教授の研究の重要なクライマックスの1つだから、ビットコインは格好の研究対象なのだ。
さらに、合理的なバリュエーションが存在しないという意味でも教授にとっては興味深いはずだ。

「ビットコインや他の仮想通貨に参入する賢い人も中にはいる。
しかし、物語はアイデアのメリットを超えてしまったように思う。
確信があるわけではないが、私が驚いたのは、人々が夢中になっている理由がコンピュータ科学で説明できるより心理的なものになっている点だ。」

シラー教授はさらに、ビットコインの価値の源泉が、経済学者が無視しがちな政治的側面さえ持っていると指摘する。

「政治に対して怒っている人がたくさんいる。
それが政府への不信につながっている。
だから政府発でなく賢いコンピュータ科学から生まれたものを好むんだ。
それが、今の市場にとって偉大な物語になっている。」

ビットコインには発行上限がある。
これは、量的緩和など放漫にも見える通貨政策をとる政府・中央銀行への批判の意味合いも込められている。
しかし、皮肉なことに、仮想通貨が林立するにつれ、この意気込みは無為に帰してしまった。

FPの運営元である浜町SCIでは以前、新たな仮想通貨の思考実験を行ったことがあった。
これは、決済に利用される頻度に応じて貨幣需要を推計し、それに応じて仮想通貨の発行量を調節する仕組みは実現できないかというものだった。
発行に上限を設けるのではなく、(民間において)ジョン・テイラーやポール・ボルカーぐらいのタカ派エコノミスト(偉くなくていい)がある程度ルール・ベースで金融政策を取り仕切る仮想通貨が現れたら面白いのではないか。
妙に値上がりすれば、それはデフレであるため、緊急避難的に金融緩和を行って価格を落としてしまえばいい。
仮想通貨にとって重要なのは取引所で売買されることでも値上がりすることでもなく、決済通貨として使われることにあるという思いからであった。


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