バイロン・ウィーン:1998年に似ている

Blackstoneのバイロン・ウィーン氏が米市場について強気の予想を続けている。
ウィーン氏は、現在が1998年に似ていると考えている。


「夏の終わりに私は、米株式市場が中間選挙後の力強い上昇に向かっていることを確信した。
経済のファンダメンタルズは強かった:
失業率は40年来の低さで、実質成長率は3%を超えた。
FRBは利上げしていたが、景気サイクル終盤のために正常な水準にゆっくり戻そうという立派な試みにすぎなかった。
イールド・カーブは順イールドのままが続くと予想され、過剰な在庫もなく、先行指標はまだ上昇していた。」

ウィーン氏が投資家向け月例書簡で、強気を継続してきた理由を回想している。
同氏は予想を立てる時に市場心理よりファンダメンタルズを重んじる傾向がある。
市場動向の基調はファンダメンタルズが決め、市場心理はその上にのる短期的なノイズといったイメージで相場を語ることが多い。
ウィーン氏は年初の「10のサプライズ」で米経済の改善を予想し、したがって米市場の上昇を予想してきた。

その上昇予想の総仕上げが、アノマリーとして知られる中間選挙後の上昇であった。
10月に市場が突如として金利上昇リスクに敏感になった時も強気のスタンスを変えることはなかった。
むしろ、中間選挙前に下落したことで、選挙後の上昇に弾みが付きやすくなると考えたのだ。
しかし、これまでのところ、中間選挙後の上昇の勢いは目覚ましいものとは言えない状況だ。

1998年と似ている

ウィーン氏は、現在に似た状況が1998年に起こったことがあると回想する。

「経済は5%近い成長率で成長し、市場は20%の調整を迎えた。
1999年に経済は5%近い成長となったから、投資家は減速を予想しなかった。
問題はアジア金融危機だった。
株式は回復し、2000年からの弱気相場の前に新高値を付けた。」

ウィーン氏は2000年までの(ドットコム・バブルをともなった)強気相場が再現すると示唆しているのだ。


実効FF金利(青、左)と米国株(Wilshire 5000、青、右)
実効FF金利(青、左)と米国株(Wilshire 5000、青、右)

(次ページ: 強いドル政策との類似)

強いドル政策との類似

1995年以降の米国で何が起きたのか。
1995年と言えば、1ドル80円程度まで円高ドル安が進んだ年だ。
もともとは、このドル安トレンドは貿易赤字に苦しむクリントン政権が望んだものだった。
しかし、物事は程度の問題だ。
経常赤字国は外国からの投資を受ける必要があり、そのためには際限のない通貨安は障害だ。
さらに、通貨安は物価上昇を招き、国民生活を苦しめる。

1995年ロバート・ルービン財務長官(当時)は「強いドル政策」に転換する。
それ以降、米政策金利は比較的高い水準に保たれ、ドル安は是正された。
この時のドル高が新興国経済を苦しめ、アジア通貨危機を引き起こす。
当時、新興国の多くはドル・ペッグの為替制度をとっており、外貨準備も今のように潤沢でなかった。
ドル高にともなう自国通貨高に耐えられないと見た投機筋が、新興国通貨をショートしたのである。

金融政策の逆転が最後のひと上げを呼ぶ

「最近の売りを引き起こしたと思われるのは金融政策だ。
FRBは利上げし、バランスシートを月500億ドル縮小している。
これはいつでも逆転しうる。」

金融引き締め → ドル高 → 新興国不安 → 金融緩和、と推移する間、米市場は上昇を続けた。
ドットコム・バブルが崩壊したのは、アジア危機が峠を越し、再びFRBが金融引き締めに転じた後だ。

もちろん、今と当時では状況は大きく異なる。
それはウィーン氏も理解している。

「おそらく何かワイルド・カードがあって、それがこれら歴史的先例を陳腐なものにするのかもしれない。」

ワイルド・カードはない

新興国はすでに為替変動への許容幅を広げてきており、外貨準備も潤沢に蓄えてきている。
しかし、それでも最近のドル高が新興国経済の重しになったのは事実だ。
そして、新興国経済の伸び悩みが米経済のリスク要因として懸念されている。
また、そうでなくともFRBの金融政策正常化が減速する兆しも見え始めた。

ウィーン氏はいつものように丁寧で高角な検討を行った上で結論している。

ワイルド・カードは出されず、株価は上昇すると考えている。


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