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北野一氏:混乱相場で一番大切なコト

みずほ証券の北野一氏が、株式アナリスト時代と債券ディーラー時代を回想している。
相場が混乱した時に勝敗を分ける重要なポイントについて書いている。


「金融界では繰り返し、様々な理論が生まれては廃れる。
例えば、教科書には『株は業績と金利で決まる』と教えるが、実は正しくない。
正確には『業績か金利で決まる』であり、なぜ違うのかを常に考えていかなければならない。」

北野氏がQuickへの寄稿で書いている。
「生まれては廃れる」ものを「理論」と呼ぶべきかは別として、言いたいことはよくわかる。
ここで言われている「理論」とは市場のナラティブ(物語)をややかっちりさせたものだろう。
ナラティブやそれに基づく定式化はしばらくは有効だが、やがてナラティブが変化し、方程式があてはまらなくなる。
北野氏はそういうようなことを指しているのだろう。

「実は正しくない」という言い切りこそが、現場の厳しさを暗示している。
多くの失敗を目にし、時として自ら犯すからこそできる断言であり、そうした言い切りは現場主義の投資家の心に響く。
その内容は、業績相場と金融相場が交互に訪れることを指しているのだろう。
ある時は業績変化が株価を決め、ある時は金利変動が株価を決める。
多くの場合、そのいずれかがナラティブにおける主役となり、もう一方は脇役に甘んじる。

10月の下げ相場は金利が主役になった瞬間だった。
企業業績や経済のファンダメンタルズはまだそれほど心配するような状況ではなかった。
ところが、今では、そこで吹いた弱気の風が、自己実現的に企業業績を悪化させるのではないかとの心配さえ生んでいる。
もしもそうなれば、主役がどちらでも関係なくなってしまう。

北野氏のコラムに戻ろう。
このコラムの圧巻はアナリスト時代の話ではなく、それより前のディーラー時代だ。
三菱銀行資金証券部時代、北野氏は債券ディーリングを担当していたという。
そこに1987年のブラック・マンデーが訪れ、株は暴落、債券も売られたのだという。
北野氏のその時のポジションは「金利低下方向」(=債券価格上昇方向)に賭けるものだったという。
リスク・オフの債券買いなら、このポジションで被弾することはないはずだ。


「なぜか日本の債券は買われず、金利は高止まりしたまま日本市場に戻ってきた。
ロスカットのルール上、寄りつきでそのポジションをクローズせざるを得ず、午前中はぼうぜん自失だった。」

多くの投資家にとって、なんと共感を呼ぶ回想だろう。
そして、その後の対応を聞けばさらに共感は深まる。

「もう少し全体像がみえていれば、ロスカットせずに当時組んでいた金利低下方向のポジションを生かすことができたと思う。
・・・
後場になって再度ポジションを金利低下方向に復元したが、絶好のきっかけがあったにもかかわらず、初動を慌てて大間違いをした。」

まさに《投資家あるある》である。
さらに、この話には後日談がついている。
北野氏は尊敬する先輩ディーラから、どのように相場を見ているのかと尋ねられたのだという。

(北野氏)「予測精度を上げることで、収益を大きくできる」
(先輩)「そのアプローチは100%間違っている」

「100%」というのがいかにも三菱の人が言いそうなところだ。
北野氏の答は何も100%間違っているわけではない。
ただし、先輩のその後の教えはとてもまっとうなものだ。

予測精度を上げても、買いたい時に本当に買えるのか、売りたい時に本当に売れるのか。
本当の買い場や売り場とは、相場が大きく動いて怖くて売買できない時だ。
その時に自分をコントロールできるか否かが全てだ。

市場の流動性リスクについては、FRBが金融政策正常化、とりわけバランスシート縮小に着手する中で、モハメド・エラリアン氏をはじめとして多くの人が心配しているところだ。
相場のオーバーシュート/アンダーシュートがチャンスになるとはウォーレン・バフェット氏やハワード・マークス氏をはじめ多くの人が狙っている点だ。
投資は冷静に行うべきとはジム・ロジャーズ氏をはじめ多くのグルたちの合言葉だ。

流動性枯渇、オーバーシュート/アンダーシュート、冷静さ。
北野氏が今こうした回想を紹介したのには、現在の景気・市場サイクルに対する認識が背景にあったのではないか。


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