【Wonkish】ニューケインジアン vs ミクロ経済学

22日付 日本経済新聞「大機小機」は、《物価を決めるのは何か》について論じていた。
そこには壮大な経済学の流れのぶつかり合いが垣間見えた。


日銀は塩の価格から学ぶべきではないだろうか。

「与次郎」氏が書いている。
塩の価格とは、今月、公益財団法人塩事業センターが27年ぶりの値上げを公表したことを指している。
理由は「原料塩、包装材料費及び物流費等のコスト上昇を自助努力のみで吸収することが困難な状況とな」ったためとされている。
与次郎氏はここに物価上昇のメカニズムを見いだしているのだ。

「消費者物価指数を構成する様々なモノやサービスの価格は、供給者である企業が決める。
その際に最も重要なのは、食塩の事業者が説明しているように製造コストである。
日銀のいう『予想物価上昇率』の出る幕はない。」

なんと潔い言い切りであろう。

「期待」に固執する日銀

日銀の予想物価上昇率とは何のことなのか。

「かつてリフレ派の元気がよかったころには『マネーを増やせば「予想」を通して物価が一気に上がる』といわれたものだ。
さすがに今ではそうした議論は影を潜めた。」


これは正しい現状認識だろう。
それにもかかわらず、日銀は従来の建前を変えていない。
与次郎氏は指摘する。

「今回のリポートでも『日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことが、予想物価上昇率を2%に向けて押し上げていく力になる』と書かれている。」

自己実現という幻想

結果論で言えば与次郎氏の勝利であり、おそらく初めから日銀の建前には無理があったのだろう。
ただし、それには背景がある。
日銀は、他の主要中銀と同様ニューケインジアンの考えを採っている。
その世界では、期待が現実に影響を及ぼすとされている。
もう少し言うと、みんなが何かを予想すると自己実現するような方程式が用いられている(理論的には逆もありうる)。
つまり、みんなが物価上昇を予想すれば、それが実現するというわけだ。
与次郎氏はこのロジックに「出る幕はない」とダメ出ししたのだ。

確かにこのロジックは理解しがたい。
もちろん、そういう効果もあるのだろうが、その寄与が本当に大きいのかがピンとこない。
筆者は子供の頃、異次元緩和と同じぐらい長い間ウルトラマンになりたいと期待したものだが、筆者の人生において手からスペシウム光線が出たことはない。
根拠もなく期待が自己実現するとは考えるべきでない。

(次ページ: ロバート・シラーの警告)


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