クルーグマン:スティグリッツの批判はコミュニケーション問題

ジョセフ・スティグリッツ教授による趨勢的停滞論の批判が困惑をもって受け取られている。
ポール・クルーグマン教授もその1人だ。


21世紀の趨勢的停滞論を唱えたのはローレンス・サマーズ元財務長官(現ハーバード大学教授)だ。
サマーズ氏からすれば、スティグリッツ教授は味方と思っていた進歩主義リベラルだった。
サマーズ氏は批判を受け、対立を深めることのないよう、両者の考えの共通点を強調する形の発信を行っている。
そして、クルーグマン教授もThe New York Timesのコラムで、スティグリッツ教授の批判にコメントしている。

ジョー(スティグリッツ教授の愛称)、最も偉大な存命の経済学者の1人は、趨勢的停滞の意味するところを誤解しているようだ。
公平に言って、とても直観的に捉えにくい言葉だ。
そのため、彼はラリー(・サマーズ)がオバマ政権の政策の失敗を正当化しようとしていると批判したのだろう。

クルーグマン教授は、スティグリッツ教授とサマーズ氏の双方に同調する形で議論を奨める。

  • 趨勢的停滞論はオバマ政権の失策の言い訳にはならない。
  • 自分もスティグリッツ教授と同じように財政政策が不足していると主張した。
  • 自分もサマーズ氏とは独立に趨勢的停滞論に行き着いた。

クルーグマン教授は、この2人の意見の相違を「コミュニケーションの問題」にすぎないと言っている。
その上で、少々常人には理解できない飛躍した示唆を列挙している。

  • 2%の物価目標は低すぎ、もっと高い目標を設定しゼロ金利制約を回避すべき。
  • 政府債務増大を忌避する理由は減っている。

趨勢的停滞という深刻な事態だから、物価目標も高くしろといいたいのか。
趨勢的停滞という深刻な事態だから、金利は高くならないので、借金を増やして財政出動しろというのか。


クルーグマン教授は、最近の政府の調達金利が経済成長率より低い点を指摘する。
こうした条件では債務対GDP比率の悪化は起こらず、心配される債務スパイラルは起こらないと主張する。

債務について全然心配しなくていいというつもりはない。
金利が上昇し債務が問題になる将来、不測の事態に発展するかもしれないからだ。
しかし、債務は心配事のリストのとてもとても下の方にある。
費用対効果など考えるまでもなく直さなければいけないぼろぼろのインフラと比べたら全くとるにたりないものだ。

米国において老朽化したインフラへの支出が喫緊であることは事実だ。
しかし、クルーグマン教授は危険なレトリックに手を出してしまったのかもしれない。
この論理だと、政府の調達金利が経済成長率を上回ると、必要な財政拡大もできなくなってしまう。
現在の低金利は金融緩和による金融抑圧が効いていることは疑いようがない。
教授は金融緩和の継続を前提としているのであろうが、そこには教授自身が言う通り不測の事態(インフレという伏兵など)が待ち構えているかもしれない。

スティグリッツ教授はその後目立った発言をしていない。
だから、批判の真意はわからない。
門外漢からすれば、内ゲバのようで理解しがたい。
ただ、スティグリッツ教授と、サマーズ氏・クルーグマン教授の差を1つ言うなら、後者は《口だけ番長》のきらいがあることだろうか。
後者の2人には、正しい(と思う)ことを言えば結果を出さなくても自分の責任ではないといったところが見え隠れする時がある。
スティグリッツ教授は、何らかの理由で自分の主張が通らなかったり結果が出せなければ、要職を辞して抗議し責任をとるような人だ。
同じように財政政策を唱えているが、そうした違いがスティグリッツ教授をイラつかせたのだとすればわからなくもない。


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