クルーグマン:現実を知ることから始まる

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ポール・クルーグマン教授が「国民所得分配」勘定の創設を提案している。
GDP成長は全体の数字だけでなく、どの層にどれだけ分配されるかが重要だとの考えだ。


これ(法案)は本当にいいアイデアだ。
・・・
GDPはさまざまな目的のために必要な数字だが、もとより経済的成功の尺度として適当なものではない。

クルーグマン教授がGDPに対する考えをThe New York Timesのコラムで書いている。
教授が誉めているのは米民主党上院議員Chuck Schumer、Martin Heinrich両氏がGDPの偏重を回避するために提出した法案だ。
クルーグマン教授は、GDPが万能でないことについてはいくつもの理由があるという。

「1つの問題は、GDPが教えてくれるのが所得平均に起こっていることでしかないことであり、これは必ずしもほとんどの人々の生活にとって重要ではない。
(Amazonの)Jeff Bezosがバーに行けば、バーの顧客の富の平均は突然急騰するだろうが、ベゾス以外の客が裕福になるわけではない。」

民主党議員らの法案もこの点を問題視したものだ。
全体の数字よりも、それぞれの所得層についてどれだけ経済的繁栄が分配されているかに目を向けるべきとし、米経済分析局に四半期ごと・年ごとの公表を求めている。
このアイデアは本質を突いた極めてまっとうなものだろう。
クルーグマン教授も当然この法案に賛成するわけだ。


国民所得分配勘定を公表せよ

もっとも、クルーグマン教授の場合、足元の米GDPが好調なのが気に食わないという理由もありそうだ。
トランプ大統領になれば経済・市場ともに壊滅的打撃を受けると言っていた教授は、その後、大きな反撃を受けた。
市場だけでなく経済までもが教授の予想に反して改善してしまった。
そこで、勝敗判定基準を変更したいという思いがあるのだろう。

クルーグマン教授の経済理論上のロジックのほとんどは正当なものだ。
(正当でないものでも、ある前提の下では正当と言える。)
ただし、その理論上のロジックが予測に用いうる確度・精度を持っているかどうかは別物だ。
典型例が日本のリフレ政策であり、教授のアイデアをかなり忠実に実現したものになっているが、5年を超えても理論が予想した通りの結果は出ていない。
教授は理論家の色彩が強い。

クルーグマン教授が《こうすればこうなるはず》という机上の空論だけでなく《実際はこうなっている》という現実に目を向けているのは正しい姿勢だろう。
経済成長が高まっても多くの人たちは生活がよくなったと感じていない。
錯覚が皆無とは言わないが、現実にそうなのだろう。
分配が偏り、新自由主義的・サプライサイド的思考から社会制度はむしろ格差を拡大するように変更されている。
教授は「国民所得分配」勘定が必要だと唱えている。

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