白川前総裁:経済の実態を正しく測定できているか

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白川方明 前日銀総裁が、金融政策の引き起こしうる金融不安定について注意を喚起した。
政策の前提となる物価やGDPが実体経済の実情を必ずしも表していないと示唆した。


「債務増大と潜在成長率低下の組み合わせに起因する金融安定に関する懸念を適切にもつべきだ。」

白川青山学院大学教授が金融政策の迎えうる困難について語った。1) Bloomberg
危機感を持つべき理由として

  • 金融安定は規制の問題だとの思い込みから、中央銀行は金融政策が引き起こす金融の不均衡に無頓着になりがち。
  • 金融不安定は中央銀行だけでは計測できないなど、計測・監視が難しい。

を挙げている。
白川教授には日本の現状についていくつか心配点があるようだ:
潜在成長率の低下、過度な金融政策への依存、政府債務の積み上がり・・・
これらが金融の不安定化を助長しうるとして、これ以上の金融緩和については慎重になるべきと主張しているのだろう。
この点は、黒田現総裁もリバーサル・レートという言葉を使って認識を示している点である。

金融政策に対する白川教授の心配はこれだけではない。
物価の番人が政策を決める前提自体に危うさがあるという。

「将来、財やサービスの価格を測定するのが難しくなっていく。
・・・Googleマップを使えば、購入データの代わりにタダでいいナビを使うことができる。」2) Reuters


物価上昇率が本当に伝統的な意味合いでの「インフレ」を計測できているのかどうかには大きな疑問がある。
過去高い対価を要求していた財・サービスが安価・タダ同然の財・サービスで置き換わった場合、社会にとっては望ましいことであるはずが、物価にとってはデフレ要因となってしまう。
中央銀行の物価目標はそこまで見切れるわけではないから、社会にとって望ましいことが進んだ場合でも金融緩和を強化しろとのメッセージになってしまう。
もちろん、こうしたことは社会の進歩とともに程度の差こそあれいつも起こっていたことだ。
しかし、IT技術による変化は、ものが安く作れるようになったというような進歩に比べ、価格へのインパクトが格段に大きい。

白川教授は、日本の1990年代の「失われた10年」と2007年以降の欧米とを比べ、こう語っている。

「日本のパフォーマンスはチーム『失われた10年』が示唆するほど悪くなかったと理解する人が多くなっている。」1)

実質GDP成長率という尺度で言えば、日本の10年は悲惨なものであり、リーマン危機後の欧米に劣後するだろう。
しかし、日本の10年は欧米と比べて特段悪いものとも言えない。
日本に貧困、分断、若者の失業がないとは言わないが、欧米と比べて悪いとは到底思えない。
日本の10年は苦しい時代だったが、同時に進んだデフレが家計を助けた面もあったことを忘れてはいけない。

そもそも、GDP成長率自体、インフレと同じく国民の幸福をうまく反映できていない可能性がある。
この点は、白川総裁時代を支えた早川英男氏、物価の専門家 渡辺努教授ら、多くの人が指摘しているとおりだ。

そもそも円安によって名目GDPを増やすことにどれほどの意味があるのか。
資源の多くを輸入に頼る国が、外貨建てでマイナス成長とするような政策をとることが得策だろうか。
なぜ、米国は「強いドルは国益」と言い続けているのだろう。

Bloombergは2代の日銀総裁についてこう書いている。

「黒田東彦現日銀総裁は5年余りにわたって異例の刺激策を講じても2%物価目標を達成できていない。
そのため、日本がデフレでもがいている理由は金融刺激策の不足ではなく適切な成長戦略の欠如にあるとした白川前総裁が正しかったという人もいる。」


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