早川英男氏:趨勢的停滞論の欠陥

元日銀理事の早川英男氏が、経済厚生(社会厚生)を把握すべきと主張していた件で、その趣旨を改めて説明している。
さらに、この考えがテクノロジー・セクターのバリュエーションとも深くかかわっているという。

「この問題は、もともと生産性上昇の鈍化を主張する米ノースウェスタン大学のゴードン教授らの主張と、デジタル技術革新を重視してGDPが生産性上昇を反映できていないとする米マサチューセッツ工科大学のブリニョルフソン教授らの主張の対立に端を発するものだった。」


早川氏が週刊東洋経済で書いている。
この論争において早川氏は後者を支持している。
デジタル技術革新により、さまざまなサービス・財が従来より安価に、または無償で提供されるようになった時、その価格低下の恩恵が無視され、GDPの減少要因となったことだけがクローズ・アップされることがあった。
こうしたバイアスは排除して考えないといけないというのが、この陣営の主張である。

しかし、この議論にはとびきり強力なライバルが存在した。
趨勢的停滞論を主張したローレンス・サマーズ元財務長官だ。
米経済が長い拡大を続けている今でも、サマーズ氏は趨勢的停滞が継続していると主張している。
この陣営からすれば、生産性上昇は鈍化しており、総需要も不足しているとなる。
そこから導かれるサマーズ氏の結論は、中長期の成長戦略、短期の金融・財政刺激策となる。
コストの議論はさておいて、とにかく経済浮揚策を講じろというようにさえ聞こえる面がある。


早川氏からすれば、趨勢的停滞論は基礎となる経済の体温測定に失敗していることになる。
GDPだけに目をやれば、GDPに表れない経済厚生の改善を見落とすことになる。

低金利が続き賃金上昇が鈍いからといって、経済厚生で測った生産性上昇が鈍化しているとは限らない。
まして総需要の不足を証明するものではない。

経済厚生を尺度に経済を見るのは、家計や企業のコスト削減をきちんと勘案しようという話だ。
しかし、その一方で(特にミクロでは)家計や企業には現金収入が必要だ。
だから、収入増のかわりにコスト減だけで済ますわけにもいかない時もあるかもしれない。
それでも、政策策定の際には、経済の正しい姿を把握し、それを前提とすべきであるのは言うまでもない。
その意味で、早川氏の「経済厚生を把握すべき」との主張はまったく正しい。

早川氏は、政府や中央銀行の政策策定以外にも、市場へのインプリケーションにも言及している。
広告モデルで収益を上げているインターネット時代の主役たちについて、顧客に与えた厚生とそれから得た収益について大小関係を推測する。

「彼らが生み出した消費者の満足に比べれば、マネタイズに成功しているのはそのごく一部にすぎないと思う。」

もちろん、これは消費者からすれば喜ばしいことだ。
しかし、株式市場では、これが足元の利益と株価の間の乖離を生みかねない。

  • 利益: 現状マネタイズできている部分は小さく、足元の利益は比較的小さい。
  • 株価: 楽観的なマネタイズ見通しに基づいて、高い株価がついている。

程度の差こそあれ、ドットコム・バブルと同じ構図だ。
これがFAANG銘柄などのバリュエーションを押し上げているとの意見ももっともな話だ。


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