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2%物価目標が醸成する金融危機:ダニエル・グロス

欧州政策研究センターのDaniel Gros氏は、ECBの2%物価目標が金融政策だけでなく財政政策にまで影響を及ぼしている現状に危機感を呈している。


インフレは10年近くの間ほとんどの先進国経済でしつこく2%未満に留まった。
さらには、目標以下のインフレが持続したことで経済にマイナスの影響が出たようには見えなかった。
ユーロ圏の雇用は堅調に増加し、失業率は記録的低位まで下がった。
しかし、ECBは信頼が損なわれるのを恐れ、物価目標の廃止を問題外のこととみなしてきた。

グロス氏がProject Syndicateで、ECBの2%物価目標について批判している。
2%物価目標があるがゆえに、本当に必要なのかどうかわからない金融緩和が延々と続いているためだ。
物価目標に達しなくても経済は改善した。
経済が改善したところで金融緩和の手を緩めてなぜいけないのか。

グロス氏は、ECBの使命が物価安定であることを盾にネチネチと批判を折り重ねる。

「ECBがただ中期的な物価安定を見るべきであり、景気サイクルを見るべきでないことを前提とすれば、停滞の差し迫ったリスクは金融緩和政策の議論ではないことになる。
景気サイクルがもはや物価に影響を及ぼさないという事実を考えればなおさらだ。」

経済安定化政策がECBの範疇でないとする議論は少々一面的すぎるだろうが、景気サイクルが物価にあまり影響を及ぼさないとする指摘は重要だ。
景気後退期にデフレになるのは避けるべきだが、もはや金融政策で2%までインフレを持ち上げるというのには無理がある。

グロス氏は、ドラギECB総裁が財政出動の必要性を訴えたことにもネチネチと批判する。
物価安定の営みに財政政策を求めるのはマーストリッヒト条約の定めた役割分担に反するとし、加盟国の財政ルール逸脱を助長するというのだ。


形式論で言えば、グロス氏の指摘は筋論なのだろうが、本音の話は別のところにあるのだろう。
ECBが2%物価目標を絶対視しているかどうか疑問なのは、目標未達のうちに金融政策正常化に舵を切ったことから明らかだ。
日銀やFRBも含めて、各国中央銀行はもはや2%物価目標を最重要視していない可能性が大きい。
この目標を下ろさないより下ろす方が立ち回りやすいなどの理由から維持しているのであろう。
どんな立ち回りなのか。
1つは権力へのサービスだろう。

物価目標が他のすべてに優越するとの議論の背景にある論理は単純だ:
低インフレが、何らかの(潜在的に隠れている)経済のたるみを示す可能性があるからだ。
為政者は、満足できる経済成長が見られ失業率が低下している時でも、この論理を用いて拡張的な財政・金融政策を正当化することができる。

いつの間にか、景気が永遠に拡大しないといけないような世の中になってしまった。
結果、ただただ金融・財政ともに刺激策が打たれ続ける。
金融政策は伸び切り、毎年当たり前のように補正予算が組まれ、政治家の支持者らに配られている。

低インフレだから刺激策が必要という議論について、グロス氏は説得力が薄いと切って捨てる。
日本がこの四半世紀経験してきたとおり、経済のたるみとインフレの間の関係が切断されてしまったように見えるからだ。
実体経済の需給を引き締めてもインフレが進まない。
物価目標が未達なことを理由にアクセルを踏んでもたいした役には立たない。

恐ろしいのは、経済刺激策にブレーキを踏む現実的な目印が失われたことだろう。
物価目標が公的な目途とされる限り、不必要にアクセルが踏まれ続ける。
これは過剰な信用創造、過大な資産インフレを引き起こすだろう。

長い期間で見れば、この政策の変遷は公的債務の水準を高める。
超低金利はしばらくの間この状態を持続させるだろう。
しかし、歴史が示唆するのは、この高い債務水準が遅かれ早かれ金融危機につながるということだ。
今回は本当に違う(this time really is different)のかどうかは時がたたないとわからない。


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