国内経済 政治

長期停滞が指し示す正解:リチャード・ヴェルナー
2020年5月26日

オックスフォード大学のリチャード・ヴェルナー教授が、選択すべき政策を明らかにすることを目的に、過去30年の日本の停滞を解説している。


1980年後半とその後数年の大きな話題は、日本の資本が至るところに流れているということだった。・・・
私は博士号取得のための研究をしていたが、奇妙なのは、誰も経済学によってこの資本フローを説明できないことだった。

ヴェルナー教授がBloombergのポッドキャストで、1989-90年の日本を回顧した。

いうまでもなく日本がバブルを迎えた時期・そのピーク直後の話だ。
1989年まで日本は世界から奇跡と称えられていた。
(実態は多分に円高防止のための金融緩和の産物だった。)
1980年代後半の日本の輝きは、経済学者や銀行家の経歴にも現れている。
かつて、これらの分野で名声を築く近道が、東京であり、日本の経済・市場での職歴だった。
FPでもしばしば取り上げるジェフリー・サックス教授もその1人。
1986-87年に日銀と大蔵省から招聘されている。

ヴェルナー教授は、当時サックス教授らが書いた日本の資本フローに関連する論文を読んだことを思い出す。

「そこには、狂乱地価、驚愕の資本フロー、標準的理論では説明できない・・・
何かリンクがあるのか、分析してみる・・・
そして結論は、何もリンクはない。
びっくりした。」

当時の日本の最大のバブルは不動産だった。
ばかげた不動産価格だから海外からの買い手はなく、売買は日本人の間でなされていた。
これは単なる所有者の変更であり、しかも日本国内だけの話だ。
だから、それ以外の世界には影響を及ぼさないはず、というロジックだ。

ヴェルナー教授はそれでも粘った。
しかし、リチャード・クー氏からも諦めた方がいいとアドバイスを受けたという。
それでも粘った。
当時学生だったヴェルナー教授には研究テーマを変更することは許されていなかったからだ。
そしてある月曜日の朝、学生はひらめいた。

サックス教授らは、お金を得るために土地を売らなければいけないとの誤った前提を設けていた。
土地を担保に銀行からお金を借りているんだ。・・・
これは新たな信用創造なんだ。

実際、後の検証でマネーサプライの97%がこうやって生み出されていたことがわかったのだという。
つまり、高い不動産価格を背景に可能となった信用創造によって、日本の資本が海外にまで流れ出たという解釈なのだろう。
経済学者とは不思議な人種だ。
実務家が当たり前のこととして聞き流すような内容を、時間をかけて追い求めているらしい。

ヴェルナー教授は、今みんなの頭を悩ませているもう1つの重要な命題を紹介している。

「マクロ経済学、貨幣経済学、マネタリストには大きな謎が存在する。
1980年代以降、マネーサプライとGDPの間のリンクが切断されているのが問題になっている。
マネーサプライがGDPよりはるかに速いペースで増大しており、いわゆる貨幣の流通速度が低下している。」

ヴェルナー教授は、経済学がこの現象を説明できない理由が2つあるという。

  • マネーの定義が不適切。
    マネーがGDPを生む取引にのみ使われるという前提は現実的でない。
    M1、M2、M3はマネーサプライを測ったものではなく「預金であり、流通していない、使われていない」お金だ。
    「お金の大多数は銀行によって銀行貸出によって生み出されている。」
    それを指標にすべき。
  • マネーは現実には圧倒的に資産売買に用いられており、資産売買は(手数料等を除き)GDPに足されない。
    資産売買が増えるほど、流通速度は低下する。

つまり、緩和マネーは流動性の罠が起こる前からもっぱら投機に向かいやすかったのだ。
だから、経済が思うほど上向かない。

ヴェルナー教授は1995年に日経新聞で主張したのだという。

利下げはやめろ、助けにならない。・・・
問題なのはお金の値段ではなく銀行の信用供与の量の問題だ。
不良債権がこうも多くては銀行は貸出を行わず、行き詰まる。
貨幣の創造がなくなる。
それこそ成長に必要な『GDP取引のための貨幣創造』なのに。

ヴェルナー教授の注目点は、マネタリストが注目する従来のマネーサプライ(M1、M2、M3など)ではない。
そこで教授は「銀行の信用創造とGDP取引のための信用創造」を増やすことで経済成長を促すよう主張したのだという。

民間が借金しないとの問題意識は、リチャード・クー氏のバランスシート不況と似ている。
誰もお金を借りないから金回りが悪くなり不況が長く続いてしまう。
民間が借りないなら、政府がお金を借りて使うしかないと、クー氏は説いた。
ヴェルナー教授の主張はそれとは少し異なる。

  • 市中銀行を救済し、不良債権問題を取り除き、貸出を促す。
  • 政府が国債発行をやめ、銀行から(転売禁止の条件で)借り入れて民間に貸し出す。

ヴェルナー教授は銀行システムの大胆な救済と債務者の信用補完を提案した。
いずれも銀行の信用創造を後押しするための施策なのだろう。
注目すべきは、政府による国債発行をやめるよう促している点だ。
教授はクラウディング・アウトが起こると考えたためで、これを無視して財政政策での対応を続けたことが今日の日本の世界記録級の財政悪化を生んだと揶揄している。

財政政策は助けにならず、プラスの効果を与えない。
右手で財政支出を通して経済に投じたお金を(左手で)国債発行を通して経済から取り上げてしまうためだ。

教授はかわりに政府に銀行からお金を借り、それを民間に流すよう提案したわけだ。

2001年のベストセラー『円の支配者』で名声を得たヴェルナー教授はその後、国会・財務大臣・有力政治家らに呼ばれ意見を聞かれたのだという。
しかし、教授の提案が受け入れられることはなかった。
当時日本が構造改革を進めており、それにはむしろ景気が回復しない方が進めやすかったためと教授は話している。
一方、リーマン危機後のベン・バーナンキFRB議長(当時)はヴェルナー教授の提案に沿ったような対策を打ち出し、結果、日欧より強い経済回復を実現させたと評している。

少々唯我独尊の傾向が強いヴェルナー教授だが、今提案するのは、経済を支える中小企業にお金をつける中小金融機関の支援だ。
1つには数が重要という。
米国では2万行ほどあった中小金融機関が5千行まで減ったことを嘆きつつ、まだ多くあると指摘。
中国やドイツと並んで、中小企業への信用供与のルートが十分に存在すると話した。
(日本の金融当局と考える方向性が真逆なのが面白い。)
その上で、金融政策についてドイツ人らしい主張をしている。

「(米国の5千行の)多くが小さな地方のコミュニティのための金融機関であり、強化すべき小企業にお金をつけることができる。
こうした金融機関を助けるべきであり、最良の手助けはこのばかげたゼロ金利政策、欧州のマイナス金利政策を終わらせることだ。」

超低金利は金融機関の利ザヤを奪い、貸出への意欲を押し下げ、中小企業に資金を供給する中小金融機関の統合を迫る。
ヴェルナー教授は、これが中小企業への資金供給を滞らせると主張しているわけだ。

FRBは現在の政策パッケージの一部として利上げを行い、長期金利を押し上げ、イールドカーブのスティープ化を誘導すべきだ。
そうすれば、銀行は貸出で儲けられるとの見通しを得ることができる。

ヴェルナー教授と同様の主張をする人は少なくない。
リバーサル・レートの議論なども同様の観点の主張だろう。
しかし、仮にその主張を受け入れたとしても、それでも1つ問題が残る。
教授の議論はもっぱら経済成長のための資金供給、つまり資金の出し手にかかわる指摘だ。
資金の取り手の議論はこの話の中には存在しない。

日本がかつて構造改革を優先した背景には、それなくしてそもそも民間に良質の資金需要が生まれないからだった。
ところが、構造改革路線は道半ばで頓挫した。
それを見て、優秀で清廉なる政治家・官僚は、かわりに国として借金してそれを使い、経済を成長させようとした。
(あるいは、自分の身内らを招いて桜を見せてあげようとした。)
しかし、経済回復は20年経っても実らず、ただただ借金が増えてきたのが現実なのだ。


-国内経済, 政治
-

執筆:

記事またはコラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。記事またはコラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。記事またはコラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。記事またはコラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。 本文中に《》で囲んだ部分がありますが、これは引用ではなく強調のためのものです。 その他利用規約をご覧ください。