金融緩和がデフレ均衡を生むプロセス:小林慶一郎教授

慶応義塾大学の小林慶一郎教授が、緩和的な金融・財政政策が思うほどにインフレを生まなかった理由を解説している。
人々の貨幣愛が横断性条件を破ったためだという。


「緩和的な金融財政政策を続けているのに物価が上がらなければ、政府債務の実質価値は増え続ける(TVCが破れる)。
政府債務は家計にとって資産だ。
資産が無限に増えれば、家計の消費需要も無限に大きくなる。
一方で、消費財の総量は有限だから、物価が上がらなければ需要が供給を限りなく超えてしまう。
よって、緩和政策はインフレ率を必ず上昇させる。」

小林教授が日本経済新聞「経済教室」欄に書いている。
「経済教室」とはいえ、なんという奇々怪々な言葉の羅列だろう。
どうか、読者にはここで読むのをやめてしまわないようお願いしたい。
最後まで読めば、きっと勉強になることもあるはずだ。

さて、この奇々怪々な記述は、1998年のポール・クルーグマン論文をはじめとするリフレ派の理論を説明したものだ。
彼らの意見によれば、金融緩和によってデフレ脱却できるという話だった。
結果論は少し違う。
小林教授は「日米欧の過去10年間の経験は、これらの処方箋が効かないことを示唆している」と書いている。

横断性条件とは

上記の記述を理解する前に、1つ語義をおさらいしておこう。
「TVC」とは「横断性条件」のことであり、ひらたく言えば《主要な経済主体は、資産(含む貨幣)を無駄に残さない》という意味だ。
個人であれば、死ぬまでに死後の必要額を残して資産を使い切るという意味になり、個人・企業の裏側にある政府の側で言えば、政府債務(含む貨幣)の増加には限界があるということになる。
現在正統的と言われている経済モデルでは、こうした横断性条件が成り立つとされているのだ。


門外漢から見ても、こうした条件があるのがやりやすいことであることは理解できる。
まず、モデル計算における発散を防いでくれる。
次に、連立方程式に基づくモデル計算において、強い制約条件を与えてくれる。
さぞかし、それらしい解を与えてくれるのだろう。

リフレの仕組み

さて、TVCを理解したところで、最初の5行で表された命題を読み砕いてみよう。
これは《緩和的な金融・財政政策を採ればインフレ率が上がる》という命題を証明するための背理法である。
《緩和的な金融・財政政策をしてもインフレ率が上がらなければおかしなことになる。
だから、インフレ率が上がる。》
と言っているのだ。
大胆に書き直すとこうなる:

《緩和的な金融・財政政策でもインフレにならなければ政府債務(含む貨幣)は増え続ける。
政府債務は家計にとって資産だ。
だから、家計の資産が増え続け、消費需要も無限に大きくなる。
消費財の総量<<消費需要 となり矛盾を生じる。
よって、緩和政策はインフレ率を必ず上昇させる。》

私たちがもう少し慣れ親しんだ語彙で言い換えると:
《政府が債務(含む貨幣)を増やせば、お金を持った個人はそれを使うのだから、貨幣数量説がある程度成立しインフレになるはず。》
ということだ。
そこで前提とされているのがTVC、つまり《経済主体はお金を持てば無駄に残さず使うはず》という条件なのだ。

TVCが人間の実際に照らして現実的なものであるかどうかは疑問もある。
少なくともいつも前提とできるものではないとの考えが広がっている。
だいたい、この条件を前提とすることは、政府債務が発散しないことを所与とするのに近い。
これは少々本末転倒ではないかと首を捻りたくなる。

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