【輪郭】金融検査マニュアル封印が暗示する未来

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金融庁発足の経緯を思い出せ

初めに日経記事をチョウチン記事と揶揄したのは、金融庁(発足当時は金融監督庁)の成り立ちをこう書いたからだ。


「98年、金融危機のさなかに大蔵省接待汚職事件が発覚。
大蔵省から金融機関の検査・監督部門が分離し、金融庁ができるきっかけになった。」

これが事実に反するとは言わないが、まるでゴシップ雑誌ではないか。
おそらくこうした取り上げ方は意図的なものだ。
なぜなら、金融庁発足の目的は国権の最高機関たる国会が定めた「金融庁設置法」第3条1項に書かれている。

「(任務)
第三条  金融庁は、我が国の金融の機能の安定を確保し、預金者、保険契約者、有価証券の投資者その他これらに準ずる者の保護を図るとともに、金融の円滑を図ることを任務とする。」


日経はこれをまず書くべきであった。
しかし、これを書けば、森長官の模索している方向が現行法とややズレていることがわかってしまう。
そこで、チョウチンが他の側面を照らしたのであろう。
現行法とズレがあるなら法を改正すればよい。
しかし、それには十分な検討が必要だ。
《信用創造が足りないから》などという短慮だけではもちろん不十分だ。

育成庁がバブルを育成する

最後に、森長官の念願がかなう場合に起こりうることとは何であろうか。
そもそも金融庁とはいつ設置されるべきだったのだろうか。
失われた10年の末に設置されればよかったのか。
明らかに違う。
金融庁が設置されるべき時期とは1985-87年頃であったはずだ。

これが一部の人を心配させる。
今、銀行がアパート・ローンや消費ローンに精を出している。
一方で、バブルを生まないための防波堤だったはずの組織が、そのハードルを低くしようとしているようにも見える。
そういう意図でないのは明らかだが、本当にそうならないだろうか。

投資家は身構えろ。
育成庁がどこかでバブルを育成してくれるかもしれない。



山田泰史山田 泰史 横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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