【輪郭】金融検査マニュアル封印が暗示する未来

金融システム監視の物差しが失われる

それでも「金融検査マニュアル」や検査官に銀行員に劣らぬ価値があるのは、目合わせのための物差しとして優秀だからだ。
信用リスク管理においては、ある程度銀行間での基準のすり合わせが望ましい。
同じ債務者についてA行では正常先なのにB行では破綻懸念先というのでは、やはり首をかしげたくなる。
銀行ごとに債務者分類・債券分類に少々の差が出るのはありうることだが、大きくかけ離れるのはおかしい。
(米国ではSNCでそれを防いている。)
それなのに今、金融庁はその物差しの基準となった定規を封印しようとしている。
物差しは伸び縮みしては意味がないのに。


目合わせをしておかないで、金融庁は金融システムのリスクを把握できるのだろうか。
各行が独自のマニュアルでリスク管理を始め、その基準のライン・シートが上がってきた時、検査官の効率は下がらないだろうか。
全体の状況を把握したくとも、分類ごとの足し算さえできなくなってしまうのではないか。

ないものねだりにならないか

次の疑問は、日本に処分庁と育成庁を兼ね備えるほど優れた組織・人材が潤沢に存在するのかということ。
森長官は日頃から民間への不満を漏らしている。
確かに民間には多く至らないところもあるが、決してバカではない。
銀行員はある面それなりに優秀だし、それなりに苦しみながら仕事をしている。
彼らは営業推進と与信管理のバランスをいつも苦しんでいる。


一つの組織の中、あるいは一人の(検査官あらため)「モニタリング・オフィサー」が、育成と監督の両方を扱うほど器用だろうか。
民間の銀行、投資ファンドにだって、こうしたバランスをうまく取りながら結果を出せる人はそう少なくない。
おそらく、多くが私企業の利益追求のために働いたこともない組織で、そんな器用な仕事をやりとげられるだろうか。

驕った新銀行の思い出

育成庁という考え方は常に危険をはらむ。
金融に詳しい人ならば、すぐさま新銀行東京や日本振興銀行のことを思い出すのではないか。
民間銀行がダメだから、政治家や日銀出身のコンサルタントが自前で銀行を作った。
彼らは自信満々だったが、ほぼすべての銀行員の予想通り、両行ともに事実上破綻した。
(新銀行東京は東京都からの注射により法的破綻は免れ、民間銀行に売却された。)
前者はわずか数年たらずで東京都に1,000億円超の損害を与えた。
後者は犯罪にまで発展した。

一方で、似たような時期に民間主導で設立されたセブン銀行などは今も活躍している。
政治家や役人が金貸しをやろうと言い始めたら危ないことを思い知らされる。
ちなみに、うまくいった流通系の銀行は与信に重きを置かなかったのが成功の一因だ。

さらに、流行の官製ファンドとの関係はどうなのだろう。
メザニンやハイ・イールド、仕組みローンをやらせたいなら官製ファンドの方がうまくいきそうだ。
シニア・ローンをやらせるなら、今の銀行でもいいのではないか。
ハイ・リスクなローン、難しいローンを誰かが受け持ってくれれば、シニアなところは今の銀行でもついていけるはずだ。
そうでないと、世の中、擬似財政政策ばかり増えてしまう。

(次ページ: 育成庁がバブルを育成する)


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