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ハワード・マークス 金融政策正常化より心配すべきコト:ハワード・マークス
2020年5月26日

オークツリー・キャピタルのハワード・マークス氏が、金融市場とFRBの金融政策についてかなり悲観的な見通しを語っている。


「本当の意見の相違は、これが簡単にすぐ直ると考える人たちと、遅くぐずぐずすると考える人たちの相違だ。
この分け方だと私は後者に入る。」

マークス氏がBloombergで、コロナ・ショックからの立ち直り方についてのイメージを語った。

この数週で、米市場心理は経済回復への楽観的期待からだいぶ揺り戻している。
もはやV字回復を予想する人は多くない。
その意味で、ここに大きな相違があるのかはやや疑問だ。
しかし、それでは高止まりしている米市場の現状を説明することはできない。

意見の相違は、経済見通しに照らして今の株式が目いっぱい高すぎると考える人たちと、FRBが確実に経済・市場を浮かばせておいてくれるから大丈夫と考える人たちの間にある。・・・
大きな意見の相違は、なぜ株価が今の水準にあるのか理解していない人たちと、『FRBとは喧嘩するな』という古い格言を理解する人たちとの相違だ。

つまり、投資対象のファンダメンタルズに忠実に投資行動を行うか、それともFRBプットを信じて投資行動を行うかの差であり、米市場は後者を選択しているように見える。
マークス氏は、FRBの強大な力を認める一方、FRBプットが永遠に続くことはないと予想している。
しかし、それも確かな予想ではないようだ。

「FRBの弾薬が無尽蔵なのかどうか私にはわからない。
FRBは、買い続けている限りは市場を上昇させ高位に保つことができる。
しかし、永遠に買うことができるのかはわからない。」

わからなことをわからないと認め行動するのがマークス氏の信条だ。
同氏からすれば、金融政策の先行きはわからないことづくめだ。

「FRBは明らかに、資産買入れが何より人々の信頼度を高め、それが資産買入れと交替してくれるのを望んでいるが、そうなるかはまだわからない。
また、今日の水準で買入れが行われるのかもわからない。」

つまり、FRBが永遠に買い続けるかについては、能力や効果の問題とともに意思の問題でもある。
仮にそのいずれかの制約で買入れを終了・縮小しなければならないなら、資産価格は下支えを失うか、減らすことになる。

「私たち市場の人間は、FRBが支配的力でなかったならつかない価格、企業の見通しのみで決まるならつかない価格が、株式にも債券にもついていると信じている。」

そもそも人為的に押し上げられた価格だから、FRBが手を引いたり緩めればどう変化するかは自明だ。
マークス氏は、FRBがいつか金融政策の正常化に進むなら、それに応じた価格調整は避けられないと話す。
しかし、同氏の金融政策に関する最大の心配事は、資産価格が自然な状態に戻ることではないという。

私が個人的に心配するのは(FRBによる)下支えの終了によるダウンサイドが過剰に心配されていること。
そして、支持策が永遠に終了しないことが十分心配されていないことだ。
もしも以前に段階的に終了していたなら可能だったかもしれない。

マークス氏の言いぶりには、もはや金融政策の正常化が不可能になったとの含意がある。
つまり、現状並みの緩和状態が金融政策のニューノーマルになるということだろう。
そして、そのニューノーマルをもっと心配すべきと言っている。

この一見都合の良いニューノーマルにコストはともなわないのか。
もしもコストがないなら、どの国も喜んで金融緩和に努めればよい。
しかし、この世の中に《フリーランチはない》という荒い経験則を信じるなら答は明確だ。
中央銀行が永遠に支持できるのは、名目価格・名目利回りにすぎないということだ。

マークス氏は、中央銀行の能力より意思の問題を重視している。

もちろん子供はキャンディーが好きだし、投資家は低金利が好きだ。
しかし、同時に苦労して規律を保つことも必要なんだ。


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