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金融政策のグリーン化が独立性を危うくする:ダニエル・グロス

欧州政策研究センターのDaniel Gros氏が、金融政策のグリーン化に潜む危険を指摘している。


中央銀行を気候変動に注目させるのには主に2つの理由がある:
金融安定と市場の失敗だ。
しかし、背景にある経済的・政治的論理は、特に欧州において、弱い。

Gros氏がProject Syndicateで、中央銀行が特定の政治課題への後押しをしようという動きに異を唱えている。
ECBは、気候変動に代表される環境問題の改善、持続可能な経済活動に資する、いわゆるグリーン債の買入れ等を拡大しようとしている。
勘違いしてはいけない。
Gros氏は環境問題に対処するのがダメと言っているのではない。
中央銀行が過度にメリハリをつけることに危うさを感じているのだ。
とりわけ、何を善とし何を悪とするのか、何を取り上げ何を取り上げないのか、中央銀行が判断するのは適切でないと主張している。

Gros氏はECBの論理に反論する。
市場も政治も、こうした問題について中央銀行をさして必要としていないという。

  • 金融安定: 将来の変化に対し市場は油断していない。
  • 市場の失敗: 各国政府・EUが対応できている。

Gros氏は、さらにグリーン債の買入れ等の効果が大きくないと主張する。
環境に優しい企業を資金調達面で優遇しても、結局はCO2排出の総量はEU排出量取引制度の目標値までしか減らないと指摘する。
それでも環境に優しい操業が増えることには意味があるはずだ。
しかし、確かに、グリーン債の買入れがどれほど環境に優しい企業の調達コストを下げ、どれほど環境保護に寄与するかはクエスチョンマークがつくのかもしれない。

様々な論点があろうが、やはり一番重大なのは、何を善とし、何を悪とするか。
何を取り上げ、何を取り上げないか、だろう。

市場の失敗はほぼすべてのところで起こりうる。
なぜECBはあるものに対処し、あるものに対処しないのか?
これは、民主主義にしたがって選ばれた政府のみのが行うべき判断だ。

環境問題は、特に欧州において、コンセンサスの得やすい課題だ。
ほとんどの人が進めるべき課題と考えている。
ならば中央銀行を動員してもやるべきと考える人もいるかもしれない。
しかし、コンセンサスのとれた社会問題は環境問題だけではない。
Gros氏は、グリーン債を買うなら、なぜ最貧国の国債・社債を買い入れないのかと当てこする。
どこまでECBが対処するのか。
誰がそれを決めるのか。

これまで中央銀行が証券買入れを行う場合、極力投資信託など個別銘柄を避ける形で買い入れてきた。
中央銀行が行うべきはマクロの金融政策であり、ミクロの財政政策ではないとの考えからだ。
金融政策のグリーン化はそうした考えから一歩外に踏み出そうとするものだ。
良いことならやればいいではないか、そう考える人もいるだろう。
しかし、そこには中央銀行の特異性がある。

中央銀行は、物価安定という極めて狭い使命を追求するため、政治的影響力から遮断されてきた。
グリーン金融政策は一見魅力的に見えるが、中央銀行の独立性と相いれない新たな展開を意味する。

多くの中央銀行は、最終的に極めて少数の執行部・委員によって重大な金融政策を決定する。
多くの国で、彼らの選任は当初の国会承認等により行われ、その後は独立性が尊重される。
その少数の人たちが、疑似財政政策を手広くやり始めれば何が起こるか。
民主主義により選ばれた議会とズブズブの中央銀行なら、この点について問題はなかろう。
そうでないなら、中央銀行の独立性を剥奪すべきとの議論が(本来の金融政策と異なるところから)起こるかもしれない。
仮に逆にズブズブの中央銀行なら、それはそれで独立性を与えられた理由となった本来の金融政策の方が危うくなってしまう。


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