量的緩和を除外した先の未来:アイケングリーン

IMFのシニア政策アドバイザーなどを務めたUC Bercleyのバリー・アイケングリーン教授が、安易な量的緩和への批判に警告を発した。
たとえ妥当な批判であっても、他の選択肢とともに提示しないと「意図せざる結果」を生みかねないという。


量的緩和を批判する人は意図せざる結果を警告する点で正しい。
しかし、量的緩和を敬遠することもまた意図せざる結果を生むかもしれない。
批判者は、望むものが何かよく注意すべきなのだ。

アイケングリーン教授がProject Syndicateに書いている。
量的緩和を批判することには一定の理屈がある。
しかし、他の選択肢を提示しないまま量的緩和を批判し除外すれば、それが思わぬ結果を及ぼしかねないとの警告だ。

アイケングリーン教授がこう警告するのは、次の景気後退期に対する危機感からだ。
金融・財政政策ともに拡張的である米国で、次の景気後退期にやれることはそう大きくない。
教授は昨年「屋根の点検をするのは晴れの日がいい」と言っていた。
雨が降る前に屋根を治しておくべき、つまり、景気後退に備えて政策ツールを少し巻き戻しておくべきということだった。
FRBは努力した跡が見られるものの、どうやら十分に修理するまでには至らなかったようだ。
FF金利は現状中立金利(2.25-2.50%)と同水準にあり、利下げ余地はそう大きくない。
財政政策はまだ可能かもしれないが、財政拡大すれば財政悪化という副作用から逃れられない。

ポピュリストの指導者は財政上の制約を無視しがちで、選挙民への気前のよい分配を公約してしまう。
政府の支出が増えれば経済の血糖値は急騰し、与党への支持が高まる。
しかし、アメリカの経済学者ハーバート・スタインの有名な言葉どおり、永遠に続かないことは結局続かない。
長い目で見れば、ポピュリストの浪費により不可避となるのは債務デフォルト、あるいは債務のマネタイゼーションとインフレである。


こうした議論は、まさに量的緩和への批判の根拠となる。
量的緩和が長期金利を低位に保つことが放漫財政を助長するというものだ。
だから量的緩和を行うべきでないと。
べき論自体は正当なものだが、他の選択肢を提示せずに量的緩和を否定すれば「意図せざる結果」を招きうる。
まずは中央銀行の独立性が脅かされる。
金利を低く保ちたいポピュリストが中央銀行にプレッシャーを与えることは至るところで見られる現象だ。

仮に中央銀行がプレッシャーを跳ね返したらどうなるだろう。
中央銀行がやるべきことをやったなら。
短期的には(プレッシャーに屈するのとの比較において)悪化するのは避けられない。
これがもう1つの「意図せざる結果」を招きうる。

ポピュリスト政治家は、主流のリーダーとそのチームが経済に忠実に仕えていないと非難し、政権選挙の時に訴求できる証拠、利用できる怒りを増やしてしまうだろう。
ポピュリストが君臨する政府が増えるほど、財政赤字は小さくでなく大きくなる。
不安定は小さくでなく大きくなる。

なんとも既視感を感じさせる話だ。
唯一違うのは、不安定でなく(中期的に)奇妙な安定が起こりうることだろうか。

レイ・ダリオ氏は最近、今後の金融・財政政策についてより協調が求められるようになると予想した。
また、景気後退となれば、内外の政治的要因から対処が難しくなると心配している。

グッゲンハイム・パートナーズは、米経済が景気後退入りすれば、政治的分断がエスカレートし、それが市場の重しになると予想している。

ケネス・ロゴフ教授は、各国中央銀行の政策手段が枯渇していると指摘する。
量的緩和の限界を認め、マイナス金利など他の選択肢についても積極的に検討すべきと主張している。


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