野口悠紀雄氏:問題は金融じゃない

早稲田大学ファイナンス総合研究所の野口悠紀雄氏が、週刊エコノミストで1990年代の日本の「失われた10年」について分析している。
野口氏の結論に異論をはさむつもりはないが、分析の過程にどうにも違和感を禁じえない。


「90年代経済停滞の原因、経済の実体面にあったのだ。
実際に生じたのは、設備投資に対する需要そのものが、それまでに比べて減退したことだった。」

野口氏は1990年代の不況が金融部門の貸し渋りによる信用逼迫による投資減少とする考えに異を唱え、本当の原因は実体経済の側にあったと主張している。
(野口氏が「も」を使ったのは、今もそうだと言いたいのだろう。)
この結論はまったくその通りだと思う。
問題は野口氏が挙げた2つの根拠だ:

  1. この間、銀行の貸出残高は減少してない。
  2. この間、貸出約定平均金利は上昇しておらず、むしろ下がっている。

国内銀行の貸出金(赤)と貸出約定平均金利(青)
国内銀行の貸出金(赤)と貸出約定平均金利(青)

だから、銀行は貸し渋りをしたわけではないと言うのだ。
これは正しくもあり、正しくもない解釈だ。


貸出が減らなかった本当のワケ

この10年を銀行の融資担当・本部企画担当として過ごした筆者は、当時のことを鮮明に覚えている。
そういう人間からすれば、野口氏の根拠は著しい解釈違いと言わざるをえないのである。
銀行の収入源は貸出金からの受取利息である。
この時期、銀行の融資担当の仕事はこうだった。

  • 信用力の高い融資先: 借金を返したがるお客をなだめ、借り続けさせること。
    ただでさえお客は売上減で運転資金もあまり、設備投資など考えられない時期だった。
    それなのに、とにかく借金を返させないことで、受取利息収入を維持していた。
  • 不良債権先・またはそれに準ずる先: 再生のためなら喜んで貸出を継続した。
    お客がお金を返せないと言う時、それは返せないから言っているのである。
    急激な資産デフレが襲ったから、資産売却で借金返済を促してもたいした意味はなかった。
    売れる資産はすでに売っていることが多かった。
    不良債権を増やさないために、利払い分を追い貸しすることさえやっていた。

これが、この時期、貸出残高が減少しなかったミクロ的原因の一部である。

(次ページ: 貸出金利が下がらなかった本当のワケ)


ページ: (1) (2) (3) (4)

 - 国内経済, 政治