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資本はより良いアイデアとともにあるべき:レイ・ダリオ
2019年12月9日

ブリッジウォーター・アソシエイト レイ・ダリオ氏の信用供与についての描写が何ともイマジネーションを掻き立てるものだった。


「みんなしばしば信用創造で行き過ぎるものだが、それでも信用(credit)とはすばらしいものだ。
・・・もしも信用供与がなければ、みんな停滞してしまう。
だから、信用はいいものだ。
でも、それは容易に行き過ぎるんだ。」

信用が社会やシステムにとって良いものか悪いものかとあるインタビューで極端な質問を向けられ、ダリオ氏が至極常識的な回答を返した。
ダリオ氏のYouTubeビデオ「30分で判る 経済の仕組み」で示されているように、同氏の経済観はサイクルだ。
とりわけ長短の債務サイクルが経済の大きなドライバーになっている。
日頃から経済を機械に喩えるダリオ氏は、債務サイクルの中で「信用創造はいつも行き過ぎ、いつも同じように行き過ぎる」と語っている。

ダリオ氏は債務サイクルが厄介なものであるのを認識している。
にもかかわらず信用を「すばらしい」ものと話している。
その理由はなんだろう。
同氏は、信用の本質を次のように説明する。

誰かがお金を稼ぎ、そこで起こるのは、より良いアイデアを持つ誰かにお金を貸すことだ。
両者は契約し、良いアイデアを持つ人はいつか返済する。
もしもうまくいけば資源配分の手助けとなり、起業家や資本を必要とする人で自分では保有していない人たちに資本と提供することができる。

つまり、信用供与とは経済におけるアイデアと資本のミスマッチを埋める機能を有するものなのだ。
こうした見方は、世界から能力・野心のある人材を吸収してきた米国ならではのものといえるかもしれない。
アイデアが潤沢に存在するからこそ、いくら資本が米国に流入してもそこそこ消化されていく。
仮にアイデアが不足すれば資本がだぶつき、アイデアへの信用供与が過当競争になり、利回りは低下していくしかない。

ダリオ氏の説明から、ふと日本がバブル後に歩いた道が思い起こされた。

リチャード・クー氏は、日本が《失われた10年》にあえぐ頃「バランスシート不況」という言葉を用いて停滞の原因を説明した。
バブル崩壊の後始末のため民間セクターがデレバレッジを進めると、信用創造が進まず民間需要が減退し低迷が続いてしまう。
同氏は財政赤字の理由を
・政府のミス
・民間の不作為を埋めるための歳出
に分け、後者を許容すべきだと主張した。
(一方、金融政策については、民間セクターがデレバレッジを進める中で、信用創造を促す効果は限られていると指摘していた。)

クー氏のメッセージは、民間が不当に支出しない分、政府が支出すべきというものだ。
意図したかどうかを別として、日本の財政政策や債務増大を振り返れば、日本ではかなり実現したといえるのではないか。
結果、民間の純貯蓄は増え、政府の純債務も増えることとなった。

クー氏の主張はバランスシート不況の間の処方箋として正当なものだろう。
しかし、同時期、民間には民間の言い分があったはずだ。
多くの経営者が《きちんとしたリターンの獲れる機会があるなら喜んで支出する》と考えていたのもまた事実だ。
つまり、民間セクターのデレバレッジとはミクロには正しい経営判断だったのだ。
この合成の誤謬こそバランスシート不況の厄介なところである。

日本はバランスシート不況を経験し、官が民の需要を肩代わりした。
日本社会としてこの戦略が成功するためには、民より官の方が資本の使い道について「より良いアイデアを持つ」ことが重要だ。
単なる総需要のかさ上げでなく、長期的な成長を促す使い道であることが重要だ。
もちろん民と同様のアイデアである必要はない。
民は短・中期的にもリターンを求めて支出するものだ。
一方、官ならばもっとはるかに長期で考えてもいい。
そして、バブル崩壊後30年弱という年月は、そろそろ《長期》というホライズンを満たしつつあるように思える。
日本の政治家・官僚らは民間の人材より良いアイデアを持っていただろうか。
大盤振る舞いの予算案を見る時、こうした視点は特に重要だろう。

ダリオ氏に話を戻そう。
同氏は、金融緩和の余地が枯渇する中、今後は金融・財政政策の協調が選択されると予想してきた。
詳しい内容にもよるが、この方向性は多くの人が予想するところだろう。
すると、米国での信用創造における政府の比重は従来より高まっていくのだろう。
さて、米国の官は民より良いアイデアを持っているだろうか。

日本に負けず劣らずレベルの低い政治家と、政治主導の官僚組織。
米国も急速に日本に追いついてくる可能性は否定できないだろう。
そうなった時、米国の特殊要因とは何か。
これまで長期的に株価が上昇してきたこと、断トツの準備通貨であったこと、経常赤字国であること、であろうか。


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