賃上げと値上げの好循環:中島厚志氏

経済産業研究所 理事長の中島厚志氏が、賃金上昇の重要性を説いている。
賃上げと値上げの好循環を引き出すことが重要という。


「10月の消費税引き上げで8%から10%に上がっても、経済対策が十分打たれ、軽減税率も導入されるので、たいした影響はないだろう。
現に駆け込み需要もほとんど起きていない。
ただ、これで安心できるわけではない。
対策が打たれても一時的にすぎず、消費税は物価に影響するので、物価を織り込んだ形で賃金が上がっていかないと長期的に見て購買力が落ちてしまう。」

中島氏がテレビ東京の番組で、実質賃金の上昇の重要性を解説した。

それが通常の物価上昇であれ、消費増税による物価上昇であれ、その上昇幅に見合うだけの賃金の伸びがなければ、賃金の購買力は低下してしまう。
厚生労働省の統計不正問題では、それまで上昇していたとされた実質賃金が実は上昇していなかったことが明らかになった。
4月の実質賃金(現金給与総額)は前年比-1.1%と4か月連続のマイナスとなっている。
中身には複雑な濃淡があるのだろうが、全体として労働者が豊かになっているとは言い難い現状だ。
ここに2%の消費税率引き上げとなれば、長い目(さまざまな対策が終了後)で見て消費の冷え込みを心配するのも当然だ。

中島氏は、日本の実質賃金の推移を解説した。
1990年代前半までは概して賃金上昇が物価上昇を上回っていたのだという。
1989年の消費税導入時も物価上昇が上回ったのはごく短い期間だけだった。
ところが1990年代後半の金融危機後、労使交渉において賃上げより雇用維持に重点が置かれるようになると、賃金上昇が物価上昇に追いつかない年が増えていった。
中島氏は、米国と比較した上で、日本の賃金上昇の傾向を説明した。

「物価上昇は賃金上昇に効いてはいるが、度合いは少なくリンクも弱い。
企業収益もあまり効いていない。
一因としては値上げが通りにくい。」

中島氏は企業業績が改善している点を指摘する。
収益も改善し内部留保も増えており、労使両方が労使交渉のありようを変える必要があるという。

春闘などが重要で(物価上昇をカバーするよう)賃上げ分をしっかりまかなってきたが、その度合いが弱くなっているので元に戻す。
それが値上げにもしっかりと認めていくことにつながり、それが賃金増になり、消費増になり、賃金増になる好循環につながっていく。


中島氏の主張は全く正しい。
限られた時間の中でポイントを絞って話をしたのだろうからなおさらだ。
しかし、やはりこの主張は大きな課題の半分しか触れていないと言わざるをえない。
中島氏の主張はいわば《MUSTの部分》にすぎない。

《物価が上がらなければ賃金は上がらない》という議論があるが、これは正しくもあり、間違いでもある。
賃金が2%上がり、物価が2%上がったところで、それだけでは何の意味もない。
このサイクルが何度繰り返したところで、実質賃金は上昇しない。
大切なのは、物価上昇を超える賃金上昇が起こることだ。
しかし、中島氏も指摘しているように、日本では値上げがなかなかしにくい。
だから、「好循環」が起こりにくい。
賃上げが起こったからといって、値上げが通りやすくなる保証はない。
「好循環」はそうたやすく望めるものではない。

理屈の上では物価が上がらなくても賃金は上がりうる。
世間で言い古されているとおり、生産性上昇があればいい。
単純化して言うなら、今まで10人でやっていた仕事を9人でやればいい。
そうすれば企業は懐を痛めることなく1割の賃上げに応じることができる。

もちろんこれには手ごわい前提が2つ存在する。
まず、10人を9人にできるほどの効率化、あるいは人材の能力向上が必要だ。
まだ贅肉の残った大企業ならさほど難しくないかもしれない。
そしてもう1つが、手の空いた1名の処遇だ。
この人員を再戦力化し、他の部署で稼いでもらわなければいけない。

いずれの課題も、労使双方の責任において取り組むべき課題だ。
人的資本を強化し、生産性を高めることができれば、物価上昇とは関係のないところで賃金は上昇しうる。
もちろん生産性上昇とはそうたやすいことではない。
時間のかかる営みだ。

中島氏は今回、労使交渉において賃上げを確保すべきと説いた。
これは、ある意味ゼロ・サム・ゲームである。
この主張の背景には、労働分配が適切でないとの思いがあるのかもしれない。
ゼロ・サム・ゲームに勝てば、賃金は瞬く間に改善する。
それに対して生産性上昇はポジティブ・サム・ゲームだ。
長い時間がかかるが、企業の側も負担が小さく、労働者も自らを磨くチャンスになる。
私たちは何も二者択一する必要はないのだ。


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