アデア・ターナー
 

財政ファイナンスはYes、MMTはNo:アデア・ターナー

英金融サービス機構の元長官で、以前から日本にヘリコプター・マネーを奨めてきたアデア・ターナー氏が、先進各国に財政ファイナンスを奨めている。
金融・財政政策ともに余地が限られる中、残された方法は財政ファイナンスしかないとの見方だ。


低成長・政治的不和・継承した重い債務負担に直面した今、財政ファインナンスはタブーであってはならない。
日本では、中央銀行が否定しようが、恒久的な財政ファイナンスがすでに実施されている。

ターナー氏がProject Syndicateで書いている。
日本にヘリコプター・マネーを奨めてきた同氏だから意外性はない。
ただ、日本が最近よくない手本にされることが多くなったことが気がかりだ。
海外発の報道で《日本に学べ》と言ったフレーズが散見される。
バブル後の日本を学び二の轍を踏まないようにというニュアンスであることが多いのだが、国内メディアの中には表面的な意味に受取って喜び妙な伝聞をするところさえある。
機械翻訳でも使っているのだろうかと首を捻るばかりだ。

ターナー氏の主張は、日本が1990年以降に経験した停滞への道を欧米が後追いしているという解釈に基づいている。
約10年前の欧米の金融危機は、民間債務の拡大が背景にあったと指摘し、それが危機後の困難を引き起こしたという。

「1950-2007年の間、先進国経済の民間部門(家計と企業)の債務は、対GDPで50%から170%まで増えた。
債務が名目GDPより速いスピードで増えない限り、十分な経済成長が得られなかったように見える。」

では、債務が持続不可能なほど拡大した後に危機が起こるとどうなるのか。
日本の1990年代と同様、危機後の欧米はバランスシート調整に注力することとなった。
金融緩和で金利がゼロであろうが、そんなことは関係なく、民間部門は借金返済を優先したのだ。
つまり、金融政策がその効果の多くを失ったのだ。
結果、債務頼みの経済成長は止み、経済は停滞することとなった。

金融政策がだめなら財政政策となるが、財政悪化を恐れつつの財政出動では限界があった。
財政拡大の後に緊縮を行うのでは停滞から脱出するには至らなかった。

ターナー氏は、2016年がこうした悲観的状況にあったと回顧する。
しかし、その後2018年にかけて、同氏の主張を裏づける「答」が見つかったのだという。
それが、トランプ政権の無謀とも思える財政刺激策である。
しかし、これだけでは財政ファイナンスにはならない。
FRBはむしろ金融政策正常化を企図していたはずだ。
ターナー氏は、この期間FRBではなく中国人民銀行と日本銀行がマネタイゼーションの役割を担ったと解説している。
いわば国境を越えた財政ファイナンスの完成であり、日銀がババを抜いた瞬間だ。


ターナー氏は書いている。

「世界経済は回復した。
高い公的債務負担がさらなる財政拡大を不可能とする考えを、世界の3大経済を否定したからだ。」

否定するというような積極的意思がこのフォーメーションの中に込められていたとは到底思えないが、財政ファイナンス推進者にとってうれしい現象であったことは理解できる。
米国が景気拡大期に大規模財政刺激策を打つという前例のないやり方が景気やインフレを押し上げたのは事実だ。
もちろん問題は持続可能性であり、今まさにそれが試されている。

ターナー氏の論文で興味深いのは、モダン・マネタリー・セオリー(MMT)に言及した部分だ。

その主張の背景にあるさまざまな見方 – 政府と中央銀行は協調することで常に名目需要を生み出すことができるというもの- はミルトン・フリードマンの1948年の重要な論文で説明されている。
しかし、過度な財政ファイナンスが極めて有害であることを理解することも重要だ。
異常な環境における需要管理手段としてではなく、長期的課題の解決のためのコストのかからないやり方だと見ることは危険なことなのだ。

財政ファイナンスやヘリコプター・マネーを推奨するターナー氏であっても、過度な財政ファイナンスは「極めて有害」と考えているのである。
こうしたやり方があくまで非常時対応のみに限られるべきと書かれている。
しかし、このターナー氏の指摘こそが、財政ファイナンスやMMTの最大の問題点を露呈しているように思える。

どこまでやっていいのか《危険標識》など存在せず、どうやって正常化できるのかのめども提示されていない。
財政ファイナンスとは、支出する時はあたかも打ち出の小槌のように心地よいものだ。
しかし、いつかそのつけを返すか、少なくとも小槌を振るのをやめなければいけなくなる。
ストップする方法、心の強さ、それを担保する仕組みまで考えておくべきだろう。
とりわけ、財政再建を約束していながら悪化を続けてきた国には必要だ。
だが、それがとても難しいこともまた多くの人が認めるところだろう。

ターナー氏はMMTの背景にある「政府と中央銀行は強調することで常に名目需要を生み出すことができる」とする見方に言及した。
しかし、MMTの背景にある最も重視すべき見方とはそこではないのではないか。
MMTを主張せざるをえないほど米社会が財政拡大を必要とする、そういう歳出の使途が多く存在するという思いなのではないか。
それは名目需要、総需要などという中身のはっきりしないものではなく、グリーン・ニュー・ディールで挙げられたような個別具体的なお金の使い道にあるように思われる。


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