海外経済 投資 政治

脅威なのはインフレより金融不安定:PIMCO

PIMCOのティファニー・ウィルディング氏が、一部で過剰なインフレ懸念が語られる中で、もう1つの大きなリスクが看過されていると指摘している。


現在の需給ギャップに比べて歳出の規模が大きいとしても、1970年代型のインフレが再燃する現実的なリスクは比較的低いとPIMCOでは考えています。
過去50年にわたって米経済の構造が変化し、特に労働者の交渉力が顕著に低下したことで、歴史が繰り返される可能性は低くなっています。

ウィルディング氏が自社のブログで、市場の一部で聞かれるインフレ脅威論が行き過ぎたものとの考え方を示した。
同氏の考えは、伝統的なフィリップス曲線の考えを踏まえたものであり、米経済の構造変化によりインフレが起こりにくくなっているとするものだ。

インフレをめぐる議論が面白くなってきた。
ワクチン接種にともなう経済再開が現実になっていく中、本当にインフレになるのかとの議論が差し迫ったものとなっている。
今年については経済再開とベース効果も含まれるため、ある程度の高インフレがコンセンサスとなっている。
問題は来年以降も2%物価目標を超えるようなインフレが続くかだ。
経済学や政治に近いところでは、ポール・クルーグマン教授とローレンス・サマーズ氏のハト派どうしの論争が有名だ。
クルーグマン教授は、財政刺激策が終われば趨勢的停滞に戻る可能性が高いとして、インフレは脅威でないと主張する。
サマーズ氏は、現在いつになくインフレ昂進の可能性が高まっているとし、可能性を無視すべきでないと主張する。

市場の側でいえば、高インフレを予想しないのがPIMCOやデービッド・ローゼンバーグ氏。
どちらかといえば、フィクストインカム側の人が多いように感じられる。
彼らはより実体経済に注目しているように見える。
一方、インフレを主張するのはジェレミー・シーゲル教授やレイ・ダリオ氏など。
彼らに共通するのは、必ずしもフィリップス曲線に象徴されるような経路のみに注目しているのではない。
シーゲル教授は、マネーサプライ急拡大に注目する。
(もちろん、マネーサプライは追ってフィリップス曲線にも影響する。)
レイ・ダリオ氏は、貨幣的インフレという言葉を用い、投資家が債券やドルを敬遠することで起こりうる貨幣価値の低下、ドル安の可能性を主張している。
(こちらは直接にはフィリップス曲線とは無関係の経路だ。)

多くの人の関心は、量的緩和でも高まらなかったインフレが、今回高まるかにある。
量的緩和とは、突き詰めれば市中銀行と中央銀行が国債と中銀当座預金、政府と中央銀行が国債と政府預金を交換する営みであり、それ自体、継続的・直接的に個人・企業に影響を及ぼすことはなかった。
結果、マネタリーベースは拡大したが、それは実在するようでしないお金であり、インフレは起こらなかった。
このため、FTPL論者などが財政政策の併用を提言する一幕もあった。
その提言は皮肉にもトランプ政権の財政刺政策、コロナ・ショックにおける財政出動で実現した。
財政を併用した場合、効果は個人や企業にまで及ぶ。
莫大な金額のお金が、個人や企業の銀行口座に振り込まれた。
これは果たしてインフレを引き起こすのか。

コロナ禍が終わる前に判断するのは時期尚早だが、今までのところでいえば、不快なほどのインフレの傾向は見られない。
PIMCOもその点を指摘する。

PIMCOの見方は、最近の債券市場の動向とも一致しています。
成長見通しの改善と、予想される追加的な財政刺激策を背景に、実質利回りが上昇する一方で、長期のブレークイーブン・インフレ率のスプレッドはFRBの長期目標のインフレ率を指しており、懸念されるほどインフレ期待の上昇を示唆しているわけではありません。

この指摘はまさにそのとおりで、市場が織り込む(現在から将来の)期待インフレ率を示すブレークイーブンインフレ率を見ると、高々2.5%程度にすぎない。
5年で見ると、債券市場は今後5年間の平均インフレ率を2.5%+と見ていることになる。
これは1970年代はもちろん、シーゲル教授の3-5%予想よりもかなり低い水準だ。

米ブレークイーブンインフレ率(5年:青、10年:赤、30年:緑)
米ブレークイーブンインフレ率(5年:青、10年:赤、30年:緑)

仮に債券市場が将来を予見する全能の神ならば、インフレは昂進しないどころか、長く長くFRBが金融緩和を継続する可能性を残すことになる。
もっとも、PIMCOがブレークイーブンインフレ率を根拠に低インフレを予想するのは少し奇妙だ。
PIMCOは債券市場の主要プレーヤーであり、ブレークイーブンインフレ率にはPIMCOの予想も少なからず反映されているはず。
自分の予想を反映したデータをもって将来を予想するのは、いささか循環参照の趣がある。

ともあれ、PIMCOはインフレ昂進のリスクはさほど大きくないと考えている。
一方で、金融不安定のリスクが高まる可能性を見ている。

現在、当座預金と普通預金口座に待機する超過貯蓄は1.1兆ドルと推計されます。
これらの資金の一部が金融市場に流入し、様々な金融商品のバリュエーションをさらに押し上げる可能性があります。

奇妙なことに、インフレに対する見方がどうであろうと、投資判断における重要な問いに対する答は変わらないようだ。
インフレがすぐに慢性的に上昇しない限り、リスク資産の価格が上昇するだろうという結論だ。
PIMCOのいうようにディスインフレ傾向となるなら、FRBは金融緩和を長く継続し、それが資産価格を押し上げる。
シーゲル教授のいうようにインフレ傾向となるなら、しばらくは金融抑圧が続き、債券が売られリスク資産が買われる。

PIMCOは、金融不安定のリスクに対する政策対応について予想している。
まずは、マクロプルーデンスの厳格化が図られるという。
それでも十分な改善がなければ「最終手段」としてFRB利上げが行われるという。

1990年前後の悲惨なバブル崩壊を経験した日銀にとって、金融安定は重要なテーマとなっている。
それに対して、FRBにおいては金融安定は使命として認識されていない。
確かに、FRBのデュアル・マンデートに金融安定は含まれていない。
むしろ、FRBは資産価格の上昇による資産効果を積極的に政策手段として活用してきた。

PIMCOは、インフレだけでなく金融不安定化のリスクにも目を向けるよう促す。

2021年1月のFRB会合後の記者会見で、ジェローム・パウエル議長は、金融システムの安定性リスクに対処するために金融政策を活用することは、理論的に排除されるものではないが、過去に例がなく、今後もそのつもりはないと言明しました。
しかしながら、より重要な点は、インフレ懸念に過度に注目すると、様々な市場に大きな影響を与えうる金融システムの安定化をめぐる課題を見逃す可能性がある、ということです。

もちろん悪気があるわけではないが、FRBは極めて高性能なバブル発生機としての側面を備えている。
それは社会にとっては必ずしも良いことではなかろうが、マーケット・タイミングに自信のある投資家にとっては大きなチャンスなのだろう。


-海外経済, 投資, 政治
-, ,

執筆:

記事またはコラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。記事またはコラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。記事またはコラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。記事またはコラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。 本文中に《》で囲んだ部分がありますが、これは引用ではなく強調のためのものです。 その他利用規約をご覧ください。