経済学の目的:ロバート・シラー

ロバート・シラー教授が、経済学・経済学者の目指すべき最終的な目的を説いている。
それはGDPや生産性といった、生身の人間から少し距離のあるようなものではないという。


機械、特にロボットや人工知能が人間の職を奪い、人々の所得が減ることになるという会話が多くなされている。
この話についての経済学者の見方には、1つ重要な要素が欠けている。
仕事とは所得の源泉以上のものであるという点だ。

シラー教授がCentre for Economic Policy Researchで話している。
経済学が扱っているのは最終的には数式でも数字でもない。
生身の人間だ。
経済学が人間を幸福にするためにあるならば、幸福の中身まで見つめなければならないはずだ。
もちろん金だけで幸せになれる人もいるのだろうが、そうでない人も多い。
とりわけ最低限の生活ができている人にとっては、金の優先順位は次第に下がっていくはずだ。
しかし、経済学はとかく金と幸福がリニアな関係にあると考えがちだ。
仕事と金と幸福を同一視するという単純化は、問題の本質を見誤る原因になるだろう。

人生の物語には仕事が含まれている。
仕事はその人の重要さ、なぜ愛されるのかを定義する。


シラー教授は、人々にとって仕事は金以上のものであると話す。
仕事は人々のアイデンティティの大きな部分を占めていることが多い。
歴史に詳しい教授は、機械への恐怖とは古代から続くものと教えている。
その一方で、高度に発達した人工知能は、アイデンティティ危機への恐怖を大きくしていると指摘する。
これは人間や社会にとって重大な問題だ。

もちろん、こうした問題は「会話が多くなされている」とおり、多くの人が論じるところだ。
ところが、関係する文献が経済学のジャーナルに掲載されてはいない点をシラー教授は問題視する。
もしかしたら金よりも重大な問題なのかもしれないのに、経済学はそれを相手にしようとしていない。

シラー教授は「人生の意味を統計で語ることは可能」という。
アンケートを行えば数値化は可能であり、うまくやれば人生の意味を高める方策も見いだせるだろうという。
2013年に実証研究でノーベル経済学賞を受賞し、2016年には米経済学会会長も務めた教授は、経済学が小さく定義され閉じこもらないことを望んでいる。

そうした研究をした人たちはすでに存在する。
単に経済学者が聴いていないだけなんだ。
私たちの学問の目的はGDPの数字、生産性の数字ではなく、人生の意味の数字なんだ。
何かやれることはあるんだ。


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