物価目標は役割を終えた:ジェフリー・フランケル

クリントン政権で大統領経済諮問会議委員を務めた、ハーバード大学ケネディ・スクールのジェフリー・フランケル教授が、2%物価目標の位置づけを後退させるよう主張している。
雇用と経済を見る限り金融緩和の目的は達せられており、当初のようにインフレにこだわる理由は小さくなったとしている。


もしも米経済が良くなっているなら、米FRBは7月31日の会合とそれ以降、利下げをする理由があるのだろう。
(もしも成長が昨年と同様強いなら、政策金利据え置きとの議論もありうる。)
しかし、緩和すべきとの議論の中に1つ説得力のないものがある:
米インフレを2%超にすることが不可欠と考えられているというものだ。

フランケル教授がProject Syndicateで書いている。
世界の共通認識と言われてきたリフレ政策・2%物価目標に対して正面から異議を唱える正統派の学者がまた1人現れた。
とはいっても、教授は頭からリフレや物価目標に反対をしていたわけではない。
むしろ、それが導入された当時については「ロジックは非の打ち所のないものだった」と評している。

2008年の世界金融危機の後遺症で失業率はまだ高く成長率はまだ低く、さらなる刺激策が必要だった。
しかし、中央銀行はすでに名目金利をゼロにしており、それ以上利下げできなかった。
中央銀行はそのため期待インフレ率を高めることで経済活動を刺激しようとしたのだ。

雇用と経済が悪い状態だからこそ、リフレや物価目標が必要とされ正当化されたとの指摘である。
なぜ、リフレだったのか。
それは、利下げがゼロ金利制約に達したからだ。
名目金利が下げられないから、より本質的な実質金利(インフレ調整後の金利)を下げようということになった。
そのためにやれることは、名目金利と実質金利の差であるインフレ率を大きくすることであった。
実質金利を下げることで、企業・家計が借金したり預金を崩したりして支出を増やすことを促したのだ。
中央銀行は2%物価目標を掲げ、その実現に確固たる意志を示し、マネタリー・ベースを増やした。

「それが効いたか?
一方では、米国・日本・ユーロ圏でインフレは依然として2%未満だ。
毎月毎月、毎年毎年、中央銀行は目標達成にもう少し時間がかかると説明しなければならなかった。」

そうこうするうちに日米において雇用や経済は立ち直ってしまった。
フランケル教授は、メカニズムこそまったく違えど、当初の目的は達成されたと指摘している。
ところが、経済学者と中央銀行だけがこの皮肉で不都合な現実を受け入れられない。

しかし、ほとんどの経済学者や中央銀行は彼らの信用が危険にさらされるのを恐れ、2%物価目標達成が必要だと凝り固まったままだ。
実際、経済学者の何人かは物価目標を2%から4%に引き上げろと言っている。

フランケル教授からすれば、物価目標に固執する姿勢は本来の目的を見失った本末転倒な態度ということなのだ。
また、2%物価目標さえ達成できない中で、目標を引き上げることにどれほどの意味があるのかとも疑問を呈している。
むしろ、ニューケインジアンが主張するところの「期待」がインフレについてなぜ十分に高まらなかったのかを検証すべきと説いている。

結果を見る限り、中央銀行が目標を定め、抜かずの剣を増やしたところで、インフレ期待は十分には高まらなかったのだ。
あるいは、インフレの測定値がおかしかったのか、期待は現実にならないものなのか。
そうならそうで、それこそ物価目標の必要性は小さくなってしまうだろう。


フランケル教授はインフレ期待に関する研究をいくつか紹介し、インフレ期待というものの扱いにくさ、それに対する経済学の発展途上を示唆している。
その上で、まだインフレへの接し方が変化する前の時代のFRB議長による「物価安定」の概念に言及した。

アラン・グリーンスパン元FRB議長は、かつて物価の安定を次のように定義した:
『一般的物価水準に期待される変化が実質的に企業・家計の意思決定に影響を及ぼさない状態』
言い換えると、人々が日々の生活で気にせずにすむほどインフレが低いということだ。
したがって、今日の環境で、もしも平均的な人々がインフレ期待についてよく知らないのならば、政策策定者は過度に心配すべきではないのだ。

雇用と経済がある程度回復した今となっては、メカニズムの有効性に疑問があるインフレ期待やインフレを求めるべきでなく、かつてのようなインフレの低位安定に努める姿勢に戻る選択肢もありうると指摘しているのだ。

日米欧の経済が成熟したことを受け入れるなら、これ以上何を求めて景気刺激を行うのか。
異次元の経済構造へのワープだろうか。
それが望ましい異次元へのワープとするなら、残された刺激策の推力ではあまりにも不足しているのではないか。
これまで各国がやってきたことを考えれば、これからやれることの範囲はかなり限られているように思われる。

あるいは、実質賃金の上昇を目指すのか。
これも、目指す前に現実に目を向けないといけない。
米国の実質賃金については以前、ジェフリー・ガンドラック氏が過去四半世紀実質的に上昇していない可能性を指摘している。
また、スタンリー・ドラッケンミラー氏の推計では、最近ようやく40年ぶりに上昇したという。
(両氏ともに単純なマクロの実質賃金でなく、より実質的な数字をもとに指摘している。)
実質賃金は構造問題(生産性など)の影響が多く、最近の実質賃金上昇も金融・財政刺激策というより関税・移民政策など特殊要因の寄与をうかがわせる。
そもそも、刺激策は雇用だけでなく物価も押し上げてしまうのだから、当たり前といえば当たり前だ。

日本の場合はどうか。
過去30年の傾向を見れば、日本の実質賃金はデフレによって上昇する傾向があるという皮肉な状態だ。
安倍首相によれば日本はすでに「デフレではない状況」にあり、実質賃金が力強く上昇する様子がないのも過去の傾向どおりだ。
リフレが実質賃金上昇につながるというロジックには説得力がなく、そう見える場合も因果関係ではないのだろう。

もちろん刺激策が危機的な経済を回復させたことは素直に喜ぶべきだが、同時にほとんどの場合刺激策にはコストもともなうことを強く自覚すべきだ。
長く完全雇用の状況にあり、外国人を受け入れてでも人手不足に対処しなければいけない国が、さらに物価目標に固執し、将来につけを回すべきなのか。

それなにになぜ各国中央銀行は、望ましいインフレ率という不可能な目標のために無駄なことを続けるのか?
・・・
度々しくじった2%目標に倍掛けするより、FRBと他の中央銀行は同目標を積極的に追い求めることを静かにやめるべきだろう。

日本は先進国の中で1つ幸運なことがある。
日米欧の中央銀行の中で日銀はもっとも不明朗な意思決定を行う中央銀行だろう。
言うこととやることがかなり違ってきている。
このことはインフレ期待の醸成にはマイナスだが、2%物価目標を事実上やめるには大きなプラスだ。


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