河野龍太郎氏:新自由主義はどこで間違ったのか

財政政策では潜在成長率は向上しない

河野氏は、構造改革に目が向かない日本の風潮を危ぶんでいる。

「マイナス金利やゼロ金利を活用した新幹線網の大規模な整備などが謳われている。
中央銀行ファイナンスによる大規模財政、つまり事実上のヘリコプター・マネーで日本経済を活性化せよ、というのである。
しかし、人口が減少し、社会インフラへの需要が減少している日本にとって、それらは喫緊の課題なのだろうか。
そうした政策を進めることが、果たして潜在成長率を高めることにつながるのだろうか。
答えは明らかだろう。」


ヘリコプター・マネーは論外として、インフラ投資には何かいいものが残っているだろうか。
確かに新幹線はいただけない。
インターネット会議か新幹線出張か、そういう選択がなされる時代なのだ。
インフラ投資のすべてを否定することはできないが、そこに経済成長の芽を求めるのも無理があるのだろう。

「金融は例外」?

河野氏は最後に自由化について但し書きを添えている。

「金融自由化に関しては、貿易自由化とは全く性質の異なるものであり、その推進は、むしろマクロ経済に不安定性をもたらすと筆者は常々考えている。
近年、金融イノベーションと呼ばれていたものの多くは、後知恵で考えれば、バブルの元凶となった。そもそも銀行業はシステミックリスクを内包するため、規制が不可欠である。」

これは正当な主張だと思う。
しかし、それでも眉に唾しておきたくなる。
This time is different.(今回は例外だ)ならぬ、This industry is different.(この産業は例外だ)に聞こえてしまうのだ。
似たようなことを言いたい人はたくさんいよう:
医療、医薬、介護、食品、外食、公共サービス、・・・


規制緩和は金科玉条か

河野氏は「本来、自由貿易や規制緩和で経済全体のパイを大きくするというのは、いつの時代であっても正しい政策のはずである」と書いているが、これは誤りだと思う。
仮に、保護主義や規制強化が経済全体のパイを大きくするなら、それも正しい政策だ。
正しい基準とは、少なくとも全体のパイを大きくすることであって、その手段とは関係ない。
さすがに保護主義がパイを大きくするとは考えにくいが、規制強化がパイを大きくする可能性はゼロとは言えない。
かつての日本も、規制の中で(あるいは規制のおかげで)産業が育った局面が存在した。

金融に規制が必要なのは間違いないし、現状の規制はむしろ緩すぎると筆者は考えている。
それと同じように、他産業でも規制を強化すべきと思うことはままある。
そうなると、《規制緩和の余地なんて本当にあるの》という疑いも頭をよぎる。
もちろん、レントを囲い込んでいる人たちは多くいるのだろうが、そうした埋蔵金の金額規模はどの程度あるのだろう。

規制緩和で日本は救えるか

ポール・クルーグマン教授は3月、構造改革を議論すべきでないと語っている。
「構造改革の話を出さないのは、反対なのではなく、需要拡大という重大問題から焦点をそらしてしまうからだ」という。
構造改革とは長い時間をかけて実りをえるものであり、足元の需要不足という緊急事態には役に立たないとの認識によるものだ。
一方、河野氏は、「成長率が低いのは総需要が不足しているからではなく、潜在成長率そのものがゼロ近傍まで低下しているから」と書いており、需要は十分にあるとの前提に立っている。

榊原英資 青山学院大学教授は、日本に強い規制は残っていないし、撤廃の効果を実証した人もいないと語っている。
効果があるという根拠も、効果がないという根拠もないわけだ。
根拠のない話になるが、効果の金額規模はたいして大きくないのだろうと想像してしまう。
少なくとも、日本の国家債務1,000兆円と比べた時に、本質的な変化をもたらすような金額ではないだろう。
(だからといって、規制緩和をしなくていいと言いたいわけではない。)

もしも、この勘ぐりが当たっているとすれば、金融・財政政策だけでなく成長戦略にもまた日本を救う解はないことになってしまう。


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