投資

ハワード・マークス 最高のもので損し最低のもので儲ける:ハワード・マークス
2020年1月26日

オークツリー・キャピタルのハワード・マークス氏が、他社の教育目的で行われた昨年3月の対談で興味深い昔話を披露している。


ニフティ・フィフティとは米国において最良で最も速く成長していた50社のことだ。
とても素晴らしいとされ、問題が起こるとは考えられていなかった。
さらに、価格が高くなりすぎるとも思われていなかった。

マークス氏が対談で、1960年代から70年代初めの米市場でもてはやされた「Nifty Fifty」について言及した。
メインストリームの投資銀行・証券会社がこぞって優良グロース銘柄としてバイ&ホールドを推奨した。
高成長の実績が投資家を油断させた。
価格が少し高めになっても、数年後には利益が価格に追いついてきたからだ。
マークス氏によれば、中にはPERが80-90倍に達する銘柄もあるほどの人気ぶりだったという。

ところが、もちろん強気相場は永遠に続くわけではない。
弱気相場になると、深刻なリターン低迷に陥った。
50年前には米国で最も優良と考えられ、盤石と思われた企業も、その後さまざまな運命をたどった。
マークス氏がいくつか紹介している。

「ゼロックスやIBMは危うく倒れかけたし、コダックやポラロイドはその事業が消滅した。
AIGは倒産した。」

マークス氏は当時の投資家の失敗の要因を2つ挙げている。

  • 将来を見ていなかった。
  • 価値や評価を重視していなかった。

現在の市場環境を1998-2000年と似ているという人は少なくない。
しかし、もう1つ注意すべきなのは、このニフティ・フィフティなのではないか。
現在のFANGの勢いはドットコム・バブルというほど薄っぺらくない。
むしろ、ニフティ・フィフティの優良銘柄の方がイメージがだぶる。
さらに、1970年代は米国が深刻なインフレを迎える時代でもあった。

ニフティ・フィフティでの失敗の代償は大きかったらしい。
マークス氏は、1968年シティバンクの株式部門に配属されていた。
その時の状況に即して、傷の大きさを表現している。

「1968年の夏にシティバンクに入社し、勤勉に5年間これら株式を保有したら、あなたは米国で最良の会社に投資したほぼすべてのお金を失った。
90%を失うのもざらだった。」

こんな時代だったから、みんな損をしていたのだろう。
マークス氏は「運よく」債券部門に転属となる。
そして、ジャンク債の帝王マイケル・ミルケン氏と接点を持ち、1978年の終わりからハイイールド債のポートフォリオを始めたのだという。

「今や私は、米国で最低の公開企業に投資しているんだ。
私は安全に堅実にお金を稼いでいる。」

最高のものを買って損し、最低のものを買って得をする。
ここから、マークス氏の有名な教訓が導きだされた。

1つ目は、良い投資とは良いものを買うことではない。
うまく買うことだ。・・・
2つ目は、成功の可否のほとんどは支払った価格で決まる。
まず価格が本当におかしくないか調べるまでは、アイデアが良いか悪いかはわからない。


-投資
-, , , ,

執筆:

記事またはコラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。記事またはコラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。記事またはコラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。記事またはコラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。 その他利用規約をご覧ください。