投資 政治

Bitcoin 暗号資産「証拠金2倍まで」に見る割り切り

金融庁が、個人による暗号資産の証拠金取引の倍率上限を2倍までとする規制強化を予定していることについて、熱心なファンからは疑問の声が上がっている。


時事通信によれば、現行は業界自主ルール(最大4倍)となっている証拠金倍率を今年春施行の改正金融商品取引法の内閣府令に盛り込み、証拠金倍率規制を法令上のルールに格上げする。
目的は「価格の急変動で損失が膨らむリスクを抑制する」ことにあるという。

こうした規制強化に対して、同取引の熱心なファン等から実効性を疑問視する声が上がっている。
日本で規制したところで、海外の規制の緩い業者に流れるだけというような意見だ。
これは一面正しいが、全容を捉えたものとは言えまい。

実は筆者も、このニュースを読んだ時、その実効性に大いに疑問を抱いた。
しかし、よく考えると、法令の改正を考える人たちのすべてが不注意な人たちではあるはずがない。
たまに変な人もいるのかもしれないが、多くの人は見識豊かな人たちに違いない。
そういう人たちが、筆者が瞬時に思いつくような問題を見逃すはずはないのである。
この改正の裏には、強く意識しているかどうかはわからないが、何らかの割り切りがあったと考えるべきだ。

どんな投資家を救うべきか

非常に単純な二分法で分類するなら、暗号資産のトレーダーには2種類しかいない。
他の資産クラスと程度の差こそあれ大して変わらない。
A) 自分が何をやっているかわかっていない人、あるいはわかったつもりになっている人。
B) 自分が何をやっているか理解しており、不幸な結末に至っても自身で責任を負える人。
このうちタイプBは救う必要がないし、そうするのはかえって失礼にあたる。
問題は、タイプAをどうするかだ。

伝統的な投資対象を扱っている人間からすれば、ビットコインに代表される暗号資産(裏付け資産にペッグされないもの)のボラティリティは気絶しそうなほど高い。
この資産クラスが、いわゆる投資の有効フロンティアに近いところにあるとは信じにくい。
だから投資しない。
この前提には、市場の多くの投資家がリスク回避者であることが挙げられる。

おそらく暗号資産を保有・売買しようとする人たちは、リスク回避者ではない。
リスク回避者とは、リスク・テイクを増やす条件として期待リターンの改善を要求する投資家のことだ。
暗号資産の世界の人たちは、おそらく(上下対象の)リスクを大きくとるためなら、期待リターンが減少してもいいと考えている人たちだ。
これは広くギャンブラーや宝くじ購入者に見られる姿勢である。
彼らは、期待リターンがマイナスなのにギャンブルをしたり宝くじを買ったりする。

もしかしたら、暗号資産でギャンブルするコストは公営ギャンブルや宝くじでギャンブルするより割がいいのかもしれない。
胴元に抜かれる金額が相対的に少ないかもしれないからだ。
筆者は、現状の暗号資産のトレーダーの多くは、ギャンブルを楽しんでいるか、不正のために暗号資産を悪用しているのかだと考えている。
後者はもちろん根絶すべきだが、前者は覚悟の上でやっているのだから、あまり問題視すべきではない。
特にタイプBは何の問題もない。
残る問題はやはりタイプAなのだ。

それでも残るもやもや

今回の証拠金倍率規制が強化されれば、多くの投資家と多くの資金が居どころを海外の市場に移すのだろう。
もともと暗号資産に国境などないのだから、容易に想像できることだ。
その一方で、言葉や訴訟上の壁は存在するだろうから、海外市場に居場所を移せる人の数は限られよう。
ここに当局の割り切りの可能性が生まれる。

先述のとおり、暗号資産のボラティリティは大きい。
これにさらにレバレッジをかけるべきなのか。
当局が見捨てることのできないタイプAには、こうした基本的なところを理解できていない人が含まれる確率が相対的に高い。
もしかしたら、ボラティリティやレバレッジという言葉の意味さえ正確に理解できていない人もいるのかもしれない。
さらに、タイプAには海外にシフトするだけの能力・気力が備わっていない可能性もある。
そうだとすれば、今回の規制強化は、問題をすべて解決するものではないが、やらないよりはやったほうがはるかにましなのかもしれない。

こう考えるのと同時に、筆者には、当局が誰を救おうとしているのか、少しもやもやしたものが残った。
タイプBは立派なギャンブラーだが、彼らを救うことは本当に必要ではないのか。
そして、こうした人たちが暗号資産を売買するようになったのには何か背景がないのか。
問題を解決する抜本策は規制強化ではないのではないか。

日本人が暗号資産に群がるワケ

暗号資産市場の国別シェアで日本は常にトップ・クラスだ。
これはなぜなのか。
「ミセス・ワタナベ」と金融緩和が関係していないと言い切るのは難しい。

ミセス・ワタナベとは、外為市場でプレゼンスを拡大させてきた日本の個人トレーダーを指す言葉だ。
外為は実需筋や堅実な投資家にとっても重要なツールだし、ギャンブラーにとっては胴元のピンハネの少ない賭場であった。
しかし、各国の中央銀行が債券市場等を通して市場に介入し、それが為替市場に波及するにつれ、為替を含む金融市場のボラティリティは低位に置かれることとなった。
こうしてミセス・ワタナベは居場所を奪われたのだ。
その多くが新たに出現したボラティリティの大きい市場に目を向けることは何の不思議でもない。

もう1つ危ういのは、主にタイプAについて、利回り追求が行われている可能性だ。
超長期にわたって超低金利が続き、しかも、金融緩和によって実質金利は一部の時期を除いてマイナスに留め置かれている。
これは、現金・預金・国債を持っていると、どんどん購買力が目減りしてしまうことを意味する。
さらに恐ろしいことに、政府・日銀はもっとインフレを高めようとしている。

さらによろしくないのは、日銀がREIT・株式ETFなどまで買っている点だ。
これはリスク・プレミアムの縮小を目的としたもので、縮小している間は確かに効果がある。
しかし、縮小が行き着くと、たちまち問題が始まる。
リスク・プレミアムとはもともとリスク・テイクの代償として支払われる報酬のこと。
これが縮小するということは、今後投資家がリスク・テイクと引き換えにもらえる報酬が減るということだ。
ただでさえベース・レート(国債利回り)まで押し下げられているのに、プレミアムまで絞られてしまっている。
(これでは信用創造は思うように増えない。)

こうした状況が、タイプAを暗号資産などオルタナティブ中のオルタナティブへと向かわせている可能性はないのか。

抜本的解決策は伝統的資産市場の復活

もちろん貨幣錯覚もあるのだけれど、昔のようにほぼ確定利回りに近い貸付信託を買うだけで6-7%も獲れたなら、暗号資産を売買する人は少なかったろう。
いや、3年定期が3%程度であったとしても、多くの預金者が抱く金融抑圧への恐怖ははるかに小さいはずだ。
金融緩和の本質が実質金利を(実質中立金利より)押し下げることにあるのは、金利の高低によらず同じことだ。
しかし、あまりにも長い時間、金利はごく一時期を除いて意味のある幅上昇することなく低下を続けた。
人々はもはやかつてのように数年ごとの金利の上下を前提にできなくなってしまった。

仮に国が本心で《貯蓄から投資へ》の変化を望み、投資家をサポートしたいとするなら、根本的な解決法は証拠金倍率の引き下げではないのかもしれない。
むしろ、死に絶えつつある伝統的な投資対象の市場を蘇らせることではないのか。
しかし、当局は割り切ったのではないか。
金融緩和という方向性は転換できず、投資家保護はパッチワークでやっていくしかないと。
守るべきはこれ、場合によって切り捨てるべきはこれ、と。

見捨てられつつある家計

最後のあたりは筆者の妄想にすぎない。
何という暗い妄想だろう。
不思議とこうした暗い妄想はどんどんエスカレートしていく。

もう一度、証拠金規制を見返すと、彼らの目的がタイプA救済でさえなく、暗号資産に係る貸借ネットワークのシステミック・リスク回避にあったのではないかとさえ思えてくる。
つまり、日本人が海外でトレードして、結果破綻してもしかたない。
海外の市場なら日本経済へのシステミック・リスクの波及が相対的に小さいだろう、といった具合だ。

当局は優先順位を持っていて、日本の経済と広義の金融システムを優先し、個々の投資家は二の次、三の次なのではないか。
仮に、当局がそう考えるなら、それは現実的といわざるをえないし、当局とはそういうものでなければいけないのかもしれない。
悲しい気持ちになるものの、支持せざるをえない。
問題は、さまざまな割り切りの中で低い優先順位に置かれたと考えざるを得ない個々の家計の多くが、その現実に気づいていないであろうことなのだ。




山田泰史山田 泰史 横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

-投資, 政治
-,

執筆:

記事またはコラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。記事またはコラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。記事またはコラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。記事またはコラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。 本文中に《》で囲んだ部分がありますが、これは引用ではなく強調のためのものです。 その他利用規約をご覧ください。