日銀のマイナス金利導入はインフレ期待を押し下げた:SF連銀

サンフランシスコ連銀が、2016年の日本のマイナス金利政策導入について研究している。
きちんとした論考なのだが、何となく米中央銀行の心情がにじみ出ているようで面白い。


私たちの市場ベースの推計によれば、米国がマイナス金利政策に踏み出すと公表した時、インフレ期待は実際には低下し、その後も低下傾向を続けた。
したがって、日本のケースは、よくアンカーされたインフレ期待をマイナスの金融政策金利を通して引き上げるのにともなう難題を示す、極端だが潜在的に有用な例であろう。

SF連銀のJens H.E. Christensen氏、Mark M. Spiegel氏がEconomic Letterで書いている。
日本のインフレ期待は低位で堅固にアンカーされていた。
それをマイナス金利で引き上げようとすると逆効果になりうると指摘したものだ。

米金融政策当局が日本の金融政策を研究している。
次の景気後退期、米国は日欧と比べればましとはいえ、やはり金融政策の余地は少ない。
再選を目指す大統領は選挙前には好景気を保ちたい。
財政政策ほどではないが金融政策にも効果発現までにタイム・ラグがあるから、大統領からのプレッシャーは強まるばかりだ。
QE再開以外にどんな政策手段がありうるのか、米金融政策当局が問題意識を持つのは当然のことだ。

一方で、金融緩和、特にあまりにも長期にわたり継続する金融緩和には反対意見がないわけではない。
ロバート・シラー教授バイロン・ウィーン氏などは、基調的な物価上昇率が目標レベルに近く完全雇用も実現する中での金融緩和に疑問を呈している。
金融緩和を余儀なくされるにせよ、反対意見への十分な用意が必要だ。

論文では

  • 10年ものBEI: 国債利回り物価連動国債利回りの織り込むインフレ期待
  • 調整済み10年ものBEI: インフレ・リスクプレミアムと物価連動国債の価格フロアの効果を調整したBEI
  • インフレ期待: さらにエコノミスト調査を反映

について、2016年1月末のマイナス金利導入の前後の推移を観察している。

10年の期待インフレの推計値は全体を通しプラスで、それほどボラティリティがない。
提案されたアベノミクスの改革政策に対する熱狂が広まるにつれ、2013年に穏やかにゆっくり上昇した。
しかし、2014年に政策実施に対する悲観が見え始めるにつれ、ゆっくり低下した。
注目すべきは、日銀の政策金利がマイナスになった後、インフレ期待はすぐに低下し、私たちのサンプルの終点でもさらに低下していることだ。


マイナス金利が日本において評判が悪い理由の1つがこれだ。
銀行からの評判が悪かったこともあるが、それでもマイナス金利は短期側の金利を引き下げるものだ。
長期側を引き下げられるよりはましなはずだ。
マイナス金利導入は、名目イールド・カーブを全体的に押し下げる結果を生んだ。
ちなみに、為替レートは利下げだったのに円高が進んでしまった。

SF連銀論文は、日本のマイナス金利政策導入をこう結論する。

私たちの研究結果が示唆するのは、この動き(日銀のマイナス金利導入)が、短期・中期のインフレ期待を増やすのでなく減らしたというものだ。
したがって、よくアンカーされたインフレ期待の下で拡張的政策ツールとしてマイナス金利の効果を検討する際には用心が必要だ。

マイナス金利政策については、日欧でも評判の芳しくない政策となっている。
同政策を推してきたケネス・ロゴフ教授でさえ、日欧はやり方を見直すべきと話している。
その一方で、量的緩和政策とのバランスにおいてマイナス金利の可能性を排除すべきでないとの思いも多い。
長期金利を押し下げる効果を有する量的緩和は(たとえマネタリー・ベース拡大自体の効果が薄かったとしても)長期金利低下を通して市場・経済に影響を及ぼす。
その逆回転が起こったのが昨年の第4四半期だった。
つまり、効果はあるが、その逆回転が大問題なのだ。
マイナス金利にも逆回転の問題はあるものの、逆回転のノルマが中央銀行のバランスシートに残ってしまう問題がない。

SF連銀の論文はマイナス金利政策に慎重にと結論しているが、一方で、論文の結論も慎重に受け取るべきと述べている。
なぜなら、日銀がマイナス金利政策導入に踏み切ったのは、経済の悪化・インフレ期待の低下に対応するためだったからだ。

データに見られる中長期のインフレ期待の低下は、もしも日銀がマイナスの政策金利に踏み込まなければ、もっと険しいものになっていたかもしれない可能性がある。

あまりマイナス金利には気乗りしないが選択肢の中には残しておきたいなあ、といった風情だろうか。

インフレ期待とは期待であるがゆえに、人々の心理と切り離せない関係にある。
最近、ロバート・シラー教授は、7月のFRB利下げが人々の心理を悪化させた可能性に言及した。
思い起こせば、2016年のマイナス金利導入時にもそういう心理的側面があったのかもしれない。
SF論文も書いている。

「本質的に、市場はマイナス金利を悪いニュースと受け取ったようだ。
おそらく投資家は、日銀の先例のない行動が、彼らが思うより経済状況が悪いことを意味すると心配したのだ。」

当初2年とされた異次元緩和が3年近く続き、物価目標達成のめどはまったく立たない。
その中で、また追加緩和なのか、との失望もあったのかもしれない。
非伝統的金融政策を6年続けることがいいことなのか悪いことなのかはわからない。
しかし、少なくともその長い期間の間に多くの人が失望する局面が出てくることは避けられないのだろう。


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