役にたたない「体温計」で患者を診る:門間一夫氏

日銀で調査局長などを歴任した門間一夫氏が、モダン・マネタリー・セオリー(MMT)の突きつける政策担当者の課題について説明している。
問題をつきつめていくと、金融・財政政策がはらむ危うい性質が見えてくる。


全くの暴論なら、一刀両断に否定されて、そこで議論は終わるはずだが、現実にはそうなっていない。
「異論」とは片付けられない何かを突きつけているのである。
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 一言で言えば、金融政策がほぼ限界に達したときの財政政策の活用をどう考えるか、という問いである。

門間氏がダイヤモンド・オンラインに書いている。
MMTについては、多くの高名な経済学者・政治家らがダメを出しても、同情する人が絶えない。
それは、自国通貨建て債務で財政運営する国家は債務拡大が問題にならないとする主張への共感ではあるまい。
そうしたレトリックで実現する債務拡大による財政政策に対する共感であろう。
門間氏はそれを「金融政策がほぼ限界に達した」ためと書いているが、筆者はもう1つ重要な視点があると考えている。

門間氏は、安定化政策の主役が財政から金融に移った経緯をわかりやすく説明している。

「世界的に1970年代頃までは、景気変動に対して財政政策を裁量的に活用すべき、という考え方がむしろ主流だった。
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そうした欠陥が70~80年代に高インフレや政府債務の膨張という形で露呈した結果、90年代以降は、金融政策が景気平準化の役割を担うべき、という考え方が定着した。」

特に米国において思い出さなければいけないのはボルカー・ショックにつながる米インフレ昂進だ。
長く続くインフレを抑え込むため、1981年FRBは経済を冷やすのを覚悟した上でFF金利を20%まで引き上げている。
この時期が米金利のピークであり、そこから超長期の金利低下局面が始まった。
日本でも1970年代にはオイル・ショックがあり、インフレが起こったが、その記憶はどんどん希薄になっている。
インフレへの恐怖が去ると、中央銀行は利下げを進めやすくなり、これが超長期の金利低下局面の一因となったものと思われる。

門間氏は「金融政策の『黄金期』も長くは続かなかった」と指摘する。
サブプライム/リーマン危機に端を発する世界金融危機が3つの問題を露呈させたという。

「第1に、「物価の安定」を目指しても金融危機は防げなかった。
第2に、金融危機後に経済が緩やかに回復する中でも、金融政策が低インフレを押し上げる力には限界があった。
第3に、それでも中央銀行が限界に挑み続けたことで、超低金利が常態化してしまったことだ。

このうち、第1の問題は、金融規制・監督の強化による対応が進められた。
しかし、第2、第3の問題は、どう対応すべきかもわからないまま今日に至っている。」

門間氏は第1の問題への対応が進んだと書いているが、それは対応が進んだのであって、問題が解消したわけではない。
仮に何らかの不測の事態により各国の金利が少々跳ね上がるなどすれば、資産価格は大きく揺さぶられかねない。
それは昨年第4四半期に私たちが経験したばかりだ。
金融市場の動揺を重く見たFRBはタカ派からハト派へ大きく舵を切った。


こうした状況だから、期待が財政政策に集まるのも無理はない。
特に今後景気が後退する局面では、各国中央銀行の金融緩和余地のなさが大きな問題になるのは明らかだ。
こんな背景から、多くの国が財政悪化に頭を悩ます中で、財政政策待望論が高まっている。
MMTはその1つの流れであり、だから同情が集まっている面がある。
確かにMMTへの同情は多い。
しかし、それは米国の文脈の話であることを忘れてはいけない。
門間氏は、日本の事情を付言する。

「日本の場合は、政府債務残高が既に高水準であることや、人口の高齢化が今後さらに進むことも勘案しなければならない。
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この点で、『インフレにならない限り財政赤字はいくら拡大しても問題ない』というMMTの財政発動基準は、やはり乱暴過ぎるのである。」

MMTには同情できても、日本のMMTには同情するのが難しい理由は3つほどあろう。

  • 門間氏の指摘した、日本特有の財政問題。
  • 米国の特殊性: 世界の先進国の中で、小さな政府という観点から、米国は特殊な国家だ。
    日欧の感覚からすれば、米国はもっと政府を大きくする余地があると感じられる。
  • 米ドルの特殊性: MMTが成り立つ要件の1つは通貨への高い需要があること。
    基軸通貨は資金調達上圧倒的に有利だ。
    日本円を保有し使っている大半は日本人。
    日本の唯一の強みは経常黒字国であることだが、これも国民が円資産を嫌うようになれば希薄になる。

財政政策の活用ももちろん理のある主張だ。
しかし、あたかもこうした問題が存在しないかのようにMMTを議論するなら、それはやはりおかしいと言わざるを得ない。
だからこそMMTは同情を得ても多くの賛意を得るとまではいかないのだろう。

門間氏は、政策には打ち止めの目安を設けるべきと主張している。

「財政であれ金融であれ、経済が『普通』の状態まで戻ったら、将来の経済にとってリスクになる政策はなるべく続けない、という大原則を持つべきである。
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問題は、物価が経済活動の健全度を測る『体温計』としてかつてほど機能しなくなった中で、経済が『普通』、つまり持続可能な均衡状態にあるかどうかを判定するのが、簡単ではないことだ。」

ローレンス・サマーズ元米財務長官は、長い景気拡大が続き株価が史上最高値圏にある今も、米経済は趨勢的停滞を続けていると主張している。
まだ非伝統的政策を必要としているからというのが言い訳だが、その目的が拡張的金融・財政政策の継続にあることは明らかであり、これなどは良心的な主張なのだろう。
しかし、このロジックはとても危険だ。
仮に行きすぎた刺激策が刺激策を解除しない理由となるなら、経済、特に市場は発散しかねないことになる。


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