ジョセフ・スティグリッツ
 

幸福とは何か:スティグリッツ

ジョセフ・スティグリッツ教授が、GDP偏重の危険性について論じている。
経済的・物質的尺度だけでなく、人々の幸福を正しく計測することが必要だと書いている。


私たちが計測しているものは、私たちの行動に影響する。
間違ったものを計測すれば、私たちは間違える。
健康・教育・環境などではなく、物質的な幸福だけに注目してしまうと、計測が歪んでいるのと同様、私たちの社会が歪み、より物質的になってしまう。

スティグリッツ教授がProject Syndicateへの寄稿で、国家や社会のGDP偏重に警鐘を鳴らしている。
GDP統計は基本的に金銭的、したがって物質的な豊かさに焦点を当てている。
結果、GDPに偏った目標で政策を運営すれば、政治は誤った方向に向かいかねないとの主張である。

スティグリッツ教授はその中でOECDによる「ベター・ライフ指数」を紹介している。
人々の幸福を11の側面(住宅、所得、雇用、コミュニティ、教育、環境、政治参加、健康、人生への満足度、安全、ワーク・ライフ・バランス)から捉え、各項目ごとに加盟国(一部除く)の幸福度を計測している。
各項目の重みを均等に置くと、日本は38か国中23位となる。

問題はその中身だ。
日本が上位にあるのは所得・教育のみで、それもとびきり抜けているわけではない。
エコノミック・アニマルの成れの果てといった風情だ。
一方、下位にあるのは住宅、コミュニティ、政治参加、健康、人生への満足度、ワーク・ライフ・バランスだ。
OECDが示唆するように、こうした側面が人間の幸福にとって重要であるとするなら、日本という国がGDPを政策の主要目標に据えるのは危険なことかもしれない。


ベター・ライフ指数のウェブサイトが優れているところは、こうした項目の重みを閲覧者が自ら設定することができるようになっていることだ。
幸福の尺度をOECDが押しつけようというのではなく、それぞれの国家・社会・人々が自ら考えるよう促しているのだろう。

スティグリッツ教授は、1992年の大統領選のスローガン「putting people first」(人間優先)を回顧する。
ビル・クリントンは米大統領になると公約の「人間優先」運動を開始した。
しかし、その努力は実ったというよりは、むしろ近年逆行している。
教授は、民主主義においてでさえ人を優先することが難しいのを痛感している。

「企業ほかの利益団体は常に彼らの利益を優先させようとする。
昨年のトランプ政権による大規模な米減税がその好例だ。
細ってはいるがいまだに大きな中間層を形成している普通の人たちは増税に耐えねばならず、数百万の人たちが医療保険を失うことになる。
億万長者や企業のための減税の財源を作るためだ。」

不思議なことに、民主主義の国家では、往々にして企業を応援すれば人々が幸福になるとのレトリックが横行する。
サプライ・サイド経済学やトリクル・ダウンがうまく機能しないのを目にしていながら、それが終わることはない。
そうしたやり方に対するアンチテーゼを主張する人たちにも具体性・実現性が乏しいから、国民は議論を行うことすらやめてしまう。
OECDベター・ライフ指数で、日本の政治参加はチリについで下から2番目、10点中1.5点にすぎない。

何を求めるべきなのか、それを明確に意識することが重要だと、スティグリッツ教授は書いている。

私たちが人間を優先したいなら、何が人々にとって大切なのか、何が彼らの幸福を向上させるか、どのようにそれを提供できるかを知らねばならない。
GDPを越えた政策は、この最終的な目標を実現する助けとなるような役割を演じ続けるだろう。


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