投資

市場を信じるか、専門家を信じるか:アスワス・ダモダラン
2020年6月7日

アスワス・ダモダラン ニューヨーク大学教授が、市場とファンダメンタルズ、市場と専門家の間の乖離について解説している。


市場は落ち着き、過去数週間はほぼ上向きのバイアスがかかってきた。
大きな疑問は、米国株が危機前の水準に戻ることが、市場の錯乱を表すものなのかだ。

ダモダラン教授が自身のブログで、市場とファンダメンタルズ、ニュースとの乖離について指摘した。
重要な経済指標はコロナ・ショックの打撃で大きく悪化し、米国内では暴徒による略奪が深刻化している。
それなのに、米国株は悪い材料に反応しないかのように再び史上最高値を目指して上昇している。
これをおかしいと指摘するのは、おそらく小学生でもできる、容易なことだ。

市場のグルの中にはこの切断を、市場が間違っており大きな調整が迫っている証拠と指摘する人もいるが、彼らの信用は事実によって損なわれている。
彼らの多くは過去10年、有用性を失った指標(PER、CAPE、シラーCAPE)に基づき調整を予想し続けてきた。

そもそもCAPEなどは、提唱者のロバート・シラー教授でさえ予測力があるものではないと認めている。
だから、たとえCAPEが高くても、シラー教授は確率の話としてしか語らない。
CAPEが高くても、さらに高くもなりうるといった具合だ。
ましてやPERなど、さらに理論的ほころびの大きいものに予測力があろうはずはない。

ダモダラン教授は、市場価格の形成を投資家のナラティブの観点から説明している。
個々の投資家は市場の推移についてそれぞれのナラティブを有し、それが合わさって市場全体の「集合的ナラティブ」となり、市場価格を決めていく。
問題は、集合的ナラティブに乗り損ねた投資家だ。

時として、あなたのナラティブが市場のそれと相いれないことがある。
こうした時、市場にばかげているとか不合理だとかレッテルを貼り、自分こそが地球に残った最後の正気の投資家だと考えたくなる衝動を感じるだろう。
この衝動は理解するが、私の経験によれば、個人的恐怖・希望を市場に投影して、市場が違う反応をした時に怒るのは、フラストレーションと機能不全の投資のレシピだ。

市場が思うようにならないからといって、市場を貶めたところで現実的な意味はない。
ダモダラン教授は、たとえ市場が間違っている可能性が高い時でも、投資家には謙虚さが必要と説く。
思うようにならない市場の動きの中にも何か有用な示唆が含まれているかもしれない。

現時点で、市場が全体としてほとんどのエコノミスト/市場の専門家より将来に対して明るい見方をしているのは事実だ。
しかし、長期の相対的な実績を見る限り、あなたは本当に(市場より)エコノミスト/市場の専門家を信じたいのか?
私はほぼ間違いなくNoだ。


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