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大恐慌後とそっくりな状況:レイ・ダリオ
2020年4月23日

ブリッジウォーター・アソシエイツのレイ・ダリオ氏が、現状の金融・財政政策を1933年当時とよく似ていると話している。


「所得が減り、多くの人、国、企業が十分な貯蓄を持たないと、それが金融危機を引き起こす。
仮にウィルスが二度とやってこないとしても、津波のようなものを考えるといいが、引いても金融上の打撃を残す。
現在私たちが直面しているのは所得に空いた穴、バランスシートに空いた穴だ。」

ダリオ氏がLinkedInのインタビューで、現状起こっていることを解説した。
ここまでの議論は当たり前といえば当たり前の内容だ。
(どうやら楽観的なコメントを求められ、こういう展開になってしまったようだ。)
より重要なのは、政府や中央銀行がコロナ・ショックに対してどう対応しようとしているかだ。

世界の中央銀行であるFRBは今アメリカ人のために穴を埋めようとしている。
(政府は)先例のない規模の政府債務を創出し、借金し・・・(間接的に)FRBから借金し、穴を埋めるためにそのお金を配っている。

最近、多くの人がインフレ上昇への心配を口にするようになった。
ダリオ氏も以前から「貨幣的インフレ」への危機感を「現金はゴミだ」という表現で描写している。
実はこうした危機感が高まるのは今回だけではない。
2008年にFRBがQEを始めた時も心配する人はいたし、2013年に日銀が異次元緩和を始めた時もそうだ。
ところが、インフレは思うようには起こらなかった。
マネタリー・ベースを増やしても、貨幣の流通速度も信用乗数も低下してしまった。

これを見ていながら、なお今心配する人が多いのはなぜか。
それは、今回は財政出動をともなっているためだ。

FRBがQEを始めた直後に発足したオバマ政権は、執拗なまでの共和党の反対により財政政策の余地を封じられていた。
アベノミクスでも、財政が拡張的だったのは2013年ぐらいで、その後は決して大盤振る舞いしてきたわけではない。
政府が国債を増発し、回り回って中央銀行がそれを買い入れたとしても、それは中央銀行の資産に国債、負債に政府預金が加算されるにすぎない。
これはほとんど民間の経済活動と関係のない変化だ。
これが量的緩和でリフレが成功しない一因だろう。
(もちろん量的緩和を推進した人たちもこの点は承知しており、量的緩和の持つ心理面の効果(そこから派生する為替への影響)を重く見ていた。)

一方、コロナ・ショックでは各国ともにまさに戦時中のような財政拡大を容認している。
財政資金は市民に給付金・融資金として配られることになる。
これはマネー・ストックに直接影響を及ぼすことになる。
つまり、量的緩和だけの場合とは異なり、格段にインフレを生みやすい。
だからこそ、インフレを求める人たちは協調的金融・財政政策を求め続けてきたのだ。
もちろん、協調的金融・財政政策には財政従属の色合いが強く、反対意見も多い。
しかし、コロナ・ショックはそんな議論をする土壌さえ奪ってしまった。
戦争だから何でもやらなければ、ということになった。

ダリオ氏は現在の風景を大恐慌の再来と話す。

「ルーズベルト大統領が同じことをやった1933年3月にとても似ており、ほぼ同一だ。」

1933年3月とはルーズベルト大統領が金本位制を離脱しニューディールを始めた頃だ。
金本位制離脱とは貨幣増発を意味し、ニューディールとは大規模財政政策を意味する。
以前、ダリオ氏は、その時景気と市場が底を打ったと話している。
一方、それが貨幣的インフレを引き起こし、株式市場の回復に時間を要したとも述べている。
問題は経済だけではなく政治にも及ぶ。

当時は比較的大きな富の格差があり、その大きな富の格差のために政治の分断があった。
富のパイをどう切り分けるかについて大きな議論が起こるだろう。・・・
歴史を通して、私たちはこのサイクルを繰り返している。

パイの切り分けについては、様々な断面がある。
富裕層と貧困層という切り分けなら、もう少し貧困層への配分を増やすべきという議論になりやすいのだろう。
しかし、現在もっと不条理な断面の議論が持ち上がっている。
ダブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラック氏は21日こうツイートした。

「『救済』という言葉は、ルールに従って行動するすべての市民に対する『ヘイト・スピーチ』とみなす必要がある。」

救済に潜むモラル・ハザードを指摘したものだ。
金持ちの利殖でも損をすれば救済される社会、場合によってはたいして困ってもいないのに救済される社会はやはりおかしい。
それなのに、とにかくお金を配ればいい、というような議論がまかり通っていることにいら立つ人も増えている。
前回の金融危機と同様、困った人への配分より、不合理な救済による配分に重点が置かれかねない。


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