大恐慌ナラティブは生きている:ロバート・シラー

ロバート・シラー教授が、突如として古いナラティブが蘇り大流行する可能性を指摘している。
好調な米消費の陰には、リーマン危機を苦しめた大恐慌ナラティブが息をひそめていると警告している。


次の景気後退はいつやってくるのか?

シラー教授のThe New York Timesへの寄稿の書き出しはこうだ。
経済人の目下の最大の関心事の1つであるこの問いで人々の関心を引き付けている。
シラー教授は今月、ロンドンを皮切りに新著『Narrative Economics』のPRツアーで走り回っている。
教授は商売上手だ。
著書だけでなく、価格指数や投資商品などで積極的に企業とのタイアップを行っている。
行動経済学という紙と鉛筆では済まない分野だけに、企業の力を使ったり、費用を捻出したりする必要があるのだろう。
企業の側も、経済学者の中でシラー教授は是非とも組みたい相手であるはずだ。

景気後退の到来をなるべく正確に予想するにはどうすべきか。
シラー教授は、政策や経済指標を観察することの重要さを認めるものの、それだけでは足りないという。

もしも私たちに成功の可能性があるとすれば、その議論においてもっぱら別の要因を勘案することが重要だ:
個々の経済的意思決定に影響を及ぼしうる、流行しているナラティブを検討することだ。

世の中で人々は何についてどのようなナラティブ(物語)を話しているか。
多くのナラティブのうち、どのナラティブが支配的か。
そして、将来どのナラティブが支配的になっていくか。
それが景気の行方に大きな影響を及ぼすといいたいのだろう。

シラー教授は、多く流布するナラティブをいくつかのクラスターに分類している。


  • 公衆の信頼感または不信感
  • 消費において浪費または質素かについての社会の規範
  • 金銭的価値観の向上または低下
  • 手作業の労働者の機械による置き換え
  • すべての労働者に対する人工知能の脅威
  • 不動産ブームと崩壊
  • 株式市場バブル
  • 大企業による搾取
  • 賃金・物価スパイラル

なるほど、アメリカ人が何度も何度も耳にしたり話したりしたであろう経済のトピックのうち重要なものがかなり網羅的に挙がっている。
ここで興味深いのは、最後の「賃金・物価スパイラル」だろう。
すでに物価目標が達成されつつある米国では、賃金・物価スパイラルは警戒すべきこととして挙がっているのだろう。
一方、日本はどうだろう。
賃金が上がれば物価が上がり、物価が上がれば賃金が上がるとして、これを《好循環》と表現するエコノミスト・政治家さえいる。
しかし、賃金上昇に生産性向上がともなわないならこれはむしろ《悪循環》と言うべきものだ。
物価上昇には金融政策を助けるとか、賃下げすべきところを実質的に賃下げするといったメリットもあるが、それを至上目的化すべきではあるまい。
たとえ小幅の物価上昇でも、実質賃金が上がらないのなら、家計にはマイナスなのだから。

シラー教授の話に戻ろう。
教授は、政策や経済指標を観察するだけでは足りないと言った。
それはなぜか。

新たな危機や混乱はしばしば経済学者を驚かせることがある。
停滞を説明するに足る外生的要因が見当たらないからだ。
人々は、突如として大昔に聞いた物語の文脈に現在の出来事をあてはめようとする。

シラー教授は2008年のリーマン危機が深化していく過程を回想する。
リーマン・ブラザーズ破綻で表面化したこの危機は、後に100年に一度の危機と言われるようになるが、同社破綻時にはそれほど多くの人に危機を与えなかったという。
リーマンは投資銀行であり、一般庶民とは接点さえなかったからだ。
この危機の深刻さを決定的に印象付けたのはブッシュ大統領の演説やメディア報道だったという。
これらがリーマン危機を大恐慌の再来と印象付けたため、人々の心理は悪化し、経済・市場にも及んだという。
教授は、こうした波及が時としてウィルス感染・伝染病の大流行のように起こりうると指摘する。

「もしもある程度たくさんの人が恐怖によって行動すれば、その懸念は自己実現し、景気後退、時として大きな景気後退が現実となるかもしれない。」

自己実現する予言ほど恐ろしいものはない。
誰か影響力のある人が将来を予言し、それがネガティブなフィードバックを与えるなら、将来はまあまあ安心だ。
よい予言なら悪い方に少し戻り、悪い予言なら良い方に少し戻る。
中央回帰的な影響を及ぼすだろうからだ。
しかし、自己実現する予言とはポジティブなフィードバックを与える。
結果、振幅は大きくなり、発散の心配さえしなければいけなくなる。

大恐慌ナラティブは、今は支配的でないものの、依然として生きている。
トランプ大統領の熱狂的なスピーチを信じるなら、それは大きな支出と信頼感を後押しするだろう。
でも、古き厄介なナラティブは再流行のため待ち構えている。


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