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大恐慌はそれほど悪いものじゃない:ロバート・シラー
2019年12月17日

ロバート・シラー教授が、大恐慌の時代に優勢となった質素ナラティブの実相と影響について語っている。


大恐慌の時代、質素(frugality)ナラティブがなかり強力だった。
アメリカ人はそれを忘れている。

シラー教授がBank Policy Instituteでの講演で、大恐慌の時代にアメリカ人が質素・倹約を尊んだことを紹介した。
それが忘れられていると教授が指摘するのも当然だ。
現在の米国では、事の真偽などおかまいなしの大統領が(おそらく大して税金も納めていないのに)豪奢な生活を見せびらかしている。
結果、質素ナラティブと対をなす消費の見せびらかしナラティブが優勢となり、消費者が支出を増やしている。
製造業が苦戦を続ける中、消費が足元の米経済を支えている。

大恐慌の時代、どうして質素ナラティブが強まったのか。
それは、単に人々が困窮したためだけにとどまらないようだ。
このナラティブは、幸運にも荒波を切り抜けた家庭にも広まっていたようなのだ。

シラー教授が、当時の悲惨な状況を話して聞かせる。

「想像してみてほしい。
近所で最近成功した人たちが住んでいて、今、隣の人が失業したという光景を。
その家族が、何とかして平静を装おうともがいている。」

シラー教授は、当時「家族の士気(morale)」という言葉が多用されたと紹介する。
経済的な困窮の中でも家族の士気を守ることが大切と考えられたのだ。
つらい状況だったのだろうが、裏を返せば、家族の価値を重んじていたともとれるのだろう。

また、住宅ローンが返せなくなることに対する考え方も今とは少し違うようだ。
ローンを延滞して自宅が差し押さえを受けるのが嫌なのは当然のこと。
それを超えて、当時の人々は借金を返せなくなることを「恥」と考えていた。
単に、お金がないことが恥なのではなく、借金を返さないことが無責任な行いと考えられていた。

シラー教授は、家族の損得だけでない「士気」が当時は存在したのではと示唆している。

このことが、1929年から1933年までにフォードの自動車販売が86%も落ち込んだ一因だと考えている。
こうした家族が隣に住んでいたら、新しい車を買ったりしないだろう。

事は自分の家族の損得だけの話ではないのだ。
当時は、コミュニティまで含めて、あるべき振る舞いを考えていたのだろう。

当時と現在で、どれほど意識に差があったのかデジタルにはわからない。
シラー教授が言うのだから、おそらくある程度の差があったのだろう。
なにしろトランプ大統領は幾度も倒産を利用して自身の不動産業を大きくした人物だ。
法に決められた債務者の権利を行使することに罪悪感などないのだろう。
そうしたドライな意識が今のアメリカ人の中にあるのは間違いない。

シラー教授は「倹約のパラドックス」という言葉を用い、質素ナラティブと大恐慌の関係を暗示した。

「ジョン・メイナード・ケインズは、不況とは主に人々が貯蓄を増やそうとして、貯蓄を増やすことだけで終わらないことだ、と指摘した。
人々が支出しないので、職を失い、経済が縮小する。
これは、大恐慌の時にまさに現実の出来事だったんだ。」

こうした現象は、日本のバブル崩壊後にも起こったことだ。
家計や企業が、バブル崩壊で傷んだバランスシートを立て直すために支出を抑え、債務を縮小した。
こうした合成の誤謬が失われた10年、20年を生み出す一因となったのは記憶に古くない。

シラー教授は、ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』が出版時(大恐慌の真っただ中の1936年)にベストセラー・ランキング入りしたことについてもコメントしている。

「たくさんの人が読みたがった理由は、同書が大恐慌に対する人々の考えを再解釈するものだったからだ。」

狂騒の1920年代の後に訪れた、あまりにも凄まじい不況に、当時の人々は何が起こったのか理解さえできなかったのかもしれない。
それを体系的に解説してくれたのが『一般理論』だったというわけだ。

日本のバブル崩壊後も、人々は何が起こったのか理解できない時代が続いたように思う。
そして、それは今も続いている。
日本の趨勢的停滞は日本社会・経済の成熟の表れであり、一方通行のものなのか。
それとも、程度は違えど、中程度の成長を取り戻すことができるのか。
日本の場合、まだそこにコンセンサスはないように思える。

シラー教授は、大恐慌が人々に与えた心の傷は深かったと示唆する。
《大恐慌》を連想するだけで、人々は先行きへの不安を膨らませ、それが自己実現してしまうリスクがある。
教授が大恐慌ナラティブと呼ぶものだ。
それを打ち破るため、米社会はある工夫をしたのだという。

「人々は言葉も変え、もはや『不況』(depression)について語らなくなった。
今では景気後退(recession)と呼ばれている。
婉曲表現だ。」

シラー教授は、単純に金銭で人々の社会厚生を語ったりしない。
金銭はもちろん大切だが、それと同様、それ以上に重要な価値もあると考えている。
厳しい時代を生きなければいけない人たちには耳障りかもしれないが、シラー教授は率直な思いを語っている。
質素ナラティブが優勢な社会と消費の見せびらかしナラティブが優勢な社会、どちらがよりよい社会だろうか。
この問いは、今の日本とバブルの日本のどちらがよりよい社会かとの問いに通じるだろう。

たぶん大恐慌はそれほど悪いものじゃなかった。
当時の人々は(今より)素敵だったんだ。


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