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嘘と不信が米経済を蝕む:ロバート・シラー
2019年11月14日

ロバート・シラー教授が、「嘘」というキーワードで、珍しくかなりはっきりと政治的意見を述べている。


報道の自由への脅威や、政府の最高権威が嘘をつく文化が生む政治的危険はすでに広く伝えられている。
しかし、もう1つ危険がある。
経済の危険であり、これも熟考する価値がある。・・・
社会全体が嘘や嘘と思われることで満たされたという雰囲気になれば、それが経済成長率を減じる効果を持ちうる。

シラー教授がThe New York Timesへの寄稿で、正直・誠実を重んじない政治への不信感・心配を書き綴っている。
権力の嘘が経済を蝕むとする主たる理由を教授はこう説明する。

「さまざまな嘘が継続することで生まれる雰囲気は、事実を覆う黒雲のようなものだ。
企業は誰・何が信頼できるのかわからない時、効果的に計画を策定できなくなる。」

この指摘はむしろ投資家にとって共感できるものだろう。
不確実性が増すと、投資家はリスク・テイクしにくくなる。
さらに、投資家がいつも見つめている企業経営者も、リスク・テイクしにくくなる。
これが経済・市場にいいことでないのは自明に近い。

シラー教授はこれまで努めて政治と経済の関係をスクウェアな姿勢で見てきた。
内心リベラルな考えをもっているであろう教授は、トランプ大統領の生み出した豪奢をよしとするナラティブが米消費を盛り上げてきたと指摘してきた。
しかし、今回はかなりトランプ大統領とその支持者に対して批判的な内容を書いている。
ここで経済を持ち出したのは、大統領が経済を売り物にしているからだろう。
それが証拠に、このコラムのタイトルは「どのように嘘と不信が米経済を傷つけるか」なのに、経済の話は初めの4段落しか出てこない。

シラー教授は、ワシントンの桜の木の話を引いて、正直・誠実が米国の共通した価値観だったと書いている。
今それと相反する「嘘と不信」が社会に浸透しつつあるかもしれない。

アメリカの正直さは少なくとも1800年初め以降、強力な国家的ナラティブだった。
・・・一晩でひっくり返るものではない。
・・・にもかかわらず、嘘は信頼を蝕み、嘘に世間が注目するとこのプロセスは加速する。
政治やニュースに興味を持ち始めたばかりの米国の若者は、嘘が横行するこの時代しか見てきておらず、これが彼らの人生に影響を及ぼすかもしれない。

シラー教授は教職者らしく若い世代に心配をよせる。
見本とすべき権力者が平然と事実と異なることを語り、国の半分がそれを看過している。
若い世代は、やっていいことと悪いことをどう判断すべきなのか。

シラー教授は、トランプ擁護論のロジックを解説している。

「トランプ氏の強い支持者との会話で、しばしば彼らが、大統領は『険しい壁』に向かっているといいたがることに気づいた。
・・・嘘がばれることは、彼らにとっては大きな恥ではないようだ。
彼らによれば、もっと大きな絵では、大統領は不人気な真実を述べるために『ポリティカル・コレクトネス』の制約から自身を開放し、忘れられたアメリカ人の利益のために戦っているというのだ。」

この現象に対するシラー教授の解釈が興味深い。
トランプ支持者について「正直さの重要性についての基本的な感覚が減じていない」と解釈し、減っていないことを祈りたいというのだ。
これはなかなか導出しがたい解釈のように見える。
ごく自然に解釈するなら、トランプ陣営は目的のためなら必要悪として嘘でも何でもするととるのではないか。

実際、楽観できる状態ではないようだ。
シラー教授は、かなり強い言葉を用いて、当面の対処法を書いている。

しばらくは、私たちの対極にある悪魔化した人たちを避け、私たちの究極の信頼への信心を他の人たちと共有していることを示すことが助けになるだろう。
私たちの基本的な価値観を維持できるなら、私たちはより幸福になり成功することができるだろう。

ワシントンの桜の木の物語を読んだ多くの人が思ったはずだ。
確かに正直に謝ったのは良かったが、だからといって桜の木を切ったことまで許されるのか、と。
今、アメリカ人は、木を切って謝りもしない国民性になりつつあるのだろうか。


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