利下げをやめるべきこれだけの理由:ローレンス・サマーズ

ローレンス・サマーズ元財務長官(現ハーバード大学教授)が、金融政策の限界を認識すべきと論じている。
興味深いのは、ハト派の代表格である同氏が、さらなる金融緩和が効果が薄いだけでなく逆効果になりうると指摘していることだ。


このことがジャクソン・ホールのテーマ『金融政策の難題』から導出されることを願う。
でも、期待はしていない。

サマーズ氏は、ジャクソン・ホール経済シンポジウムの直前、同シンポジウムに期待していない旨を(28回にわたり)ツイートしている。
期待していないと言っても、中央銀行に対して強い批判を込めているわけでもなさそうだ。
むしろ、期待すべき話ではないといいたいようなのだ。
話は、サマーズ氏がこの数年主張し続けている21世紀の趨勢的停滞論に根差したものだ。

中央銀行は、私たちが考えているように、今後10年間の先進国世界におけるマクロ経済安定のための主たるツールになりうるだろうか。
・・・私たちは疑っている。

世界金融危機後、先進国の財政に余地が乏しかったこともあり、各国は金融政策に大きく依存してきた。
伝統的金融政策では足らず、ゼロ金利政策や量的緩和政策まで発動させた。
先進国経済はある程度の回復を遂げたが、金融政策の正常化は進んでいない。
景気拡大が長く継続するにしたがい、次の景気後退への意識が強くなる。
次の景気後退期、金融政策で対処するだけの緩和余地はないだろう。
金融政策は(国により程度の差こそあれ)追い込まれているのだ。

サマーズ氏はこうした状況を「ブラックホール貨幣経済」と呼んでいる。

「ブラックホール貨幣経済 – 金利はゼロにはまり込み脱出できる現実味のある見込みがない – は、今や日欧における確信のある市場期待だろう。
本質的にゼロまたはマイナスがひと世代続くと期待されている。
米国がそこに加わるまで景気後退があと1回しかないだろう。」

サマーズ氏は日欧が超金融緩和状態から抜け出せなくなったこと、近い将来、米国も追随する可能性が高いことを指摘しているのだ。
先進国においてはインフレのリスクより失業率上昇のリスクの方が高い状態にあるとし、リフレについてある意味で疑問を呈している。

世界中で経済学部の学生は、金融政策当局が長期的に金融政策を通して望むだけインフレを生み出すことができると、自明のことのように教わってきた。
この命題は今や大いに疑問だ。

サマーズ氏は、自身が主張する趨勢的停滞の中では金融政策で望むようなインフレを引き起こすことが難しいと言っているのだ。
第2次大戦前の不況に言及し「軍事拡張がなければ流動性の罠によるデフレ・シナリオが持続した可能性が高い」と解説。
中央銀行が大騒ぎしている中立金利低下・低インフレ・名目金利の実効下限などより趨勢的停滞の方が重大な問題だと主張している。
なんと聡明な我田引水だろう。

ブラックホール問題、趨勢的停滞、日本化、この一連の課題こそ各国中央銀行が心配すべきことだ。


こうして我が国は3大問題の一角を占めることとなった。
裏返して見れば、この30年近く日本に無責任なアドバイスを送り続けた諸先進国が、今や同じ問題に直面し、自分たちの無責任なアドバイスがほとんど役に立たないことを悟ったともとれる。
日本は世界の変化にどの国よりも敏感だっただけかもしれない。

サマーズ氏の話に戻ろう。
ここからが圧巻だ。
サマーズ氏は、超低金利下でも名目成長率が上昇しないことについて大幅な中立金利低下によるものとの解釈を紹介する。
その上で、それと同程度以上にありうる解釈を呈示するのだ。

総需要に対する金利の影響が大幅に低下し、金利低下にともなう限界的影響が低下したのではないか。
さらに、利下げが総需要を減少させるケースさえありうるだろう。
貯蓄目標行動、金融仲介者のリバーサル・レート効果、不可逆的投資のオプション効果、政府債務の金利低下の算術効果によるものだ。

サマーズ氏によれば「総需要に対する金利の影響が大幅に低下」した、つまりIS曲線が立ち上がった、あるいは屈曲したという。
結果、金融政策によるLM曲線押し下げの効果が低減または逆効果になるというのだ。

こうした解釈から、サマーズ氏は問題解決のアルゴリズムを呈示する。

  • 「古きニュー・ケインジアン」: 主たる問題が中立金利低下の場合、金融政策で完全雇用が実現できる。
  • 「新しいオールド・ケインジアン」: 主たる問題が趨勢的停滞の場合、金融政策の効果は小さいか逆効果。

ハト派と目されてきたサマーズ氏が、かなり鮮明に金融政策、とりわけ利下げに懐疑的な姿勢を見せつつある。
同氏はさらに利下げが将来の経済を悪化させうる要因を列挙している。

  • 金融の不安定: バブルを助長。
  • 企業のゾンビ化: 資本コストを意識しない放漫経営。独占の助長。
  • 金融機関の破綻
  • 金融政策の効果低減: 今の金融緩和は将来からの前借り。

サマーズ氏は中央銀行に金融政策の限界を認めるよう促す。
中央銀行が総需要創出のための手段を有していると示唆するのは危険なことだという。
金融政策への依存を減らし、財政政策や構造改革を進めるべきと主張する。

1970年代の高インフレ・高金利は、マクロ経済の思考・政策・制度に革命をもたらした。
過去10年間の低インフレ・低金利・停滞はもっと長くもっと深刻なものだ。
少なくとも同様に対処するに値する。


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