円高が進みにくくなったワケ:佐々木融氏

JPモルガンの佐々木融氏が、以前に比べて容易に円高が進みにくくなった為替相場について解説している。
背景には日本経済の大きな構造変化が存在するという。

「貿易収支の構造変化は円相場に影響する。当時と今とで何が変わったのかを検証するため、日本が10兆円規模の黒字を維持していた最後の4年間(2004─2007年)と、直近4年間(2015─2018年)の年間平均額を比較してみると、前者は9兆8000億円の黒字、後者は7000億円の黒字だった。 」


佐々木氏がReutersへの寄稿で、日本経済の構造変化の一側面を指摘した。
比較した2つの期間はいずれも景気拡大局面の中の4年間だ。
その比較において、貿易黒字額が大きく減っている。
貿易黒字は中期的に円高要因となりうるから、これが大きく縮小したことは円高になりにくくなったことを示唆する。

貿易収支だけでなく経常収支に注目すべきとの考えもあろう。
経常収支とは、貿易・サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支の合計だ。
第二次所得収支とは海外援助などのことで、マイナスの数字となる。
だから、第一次所得収支の中身が知りたいとなる。

「1980年代後半から1990年代までは、貿易黒字が経常黒字を上回る状態が続いていた。
日本の経常黒字はすべて貿易黒字で構成されていたということだ。
それが2000年代に入ると貿易黒字が頭打ちになる一方、所得収支の黒字が増え始め、2008年以降は経常黒字の中で圧倒的な存在感を示すようになった。」

つまり、日本はすでに貿易立国というより投資立国なのだ。
こうした変化はかなり前から見られていたことだ。
日本を代表する輸出メーカーと目されていたシャープは2015年、円安が業績にマイナスに働くと明かしている。
原材料を輸入して製品を輸出する。
原材料・製品を輸入して製品を国内で販売する。
かつての輸出メーカーの現在の姿だ。
だから、貿易収支が縮小するのも当然と言える。

円安にすれば日本経済が回復するという幻想も崩れだしている。
円安にして起こったのは、輸出数量の増大ではなく、輸出の利ざや拡大であった。
輸出超の企業の業績にはプラスだろうが、雇用数にはほとんど関係なく、賃金については企業の胸ひとつとなる。


財務省は昨年の広報紙の中で、輸入数量は減少しにくく、輸出数量は増加しにくいと指摘し、為替と輸出数量との相関に言及している。

「ここ数年、為替と輸出数量の相関が崩れており、為替変動は輸出量に殆ど影響を与えていないことは、より長い期間の変化を見ても、また、主要な輸出相手国である米国との関係でも明らかである。」

つまり、為替変動は国内の輸出者・輸入者間の富の移転こそ引き起こすが、輸出数量にはほとんど影響しないということだ。
円安が進めば輸入者(輸入産業や家計)から輸出者(輸出産業)へ富が移転するにすぎないだろうということだ。

1つ明るい光なのは、「第一次所得収支は、黒字構造がより安定化し、貿易収支の変動を吸収できる規模が定着」し、「貿易収支が赤字転化する局面でも経常黒字を維持することが可能」かもしれない点だ。
経常収支の赤字化は国内経済にとって重大な影響を及ぼす。
経常赤字となれば、政府の財政赤字を国内貯蓄で賄えなくなる可能性が高く、国債市場は大きく動揺する可能性があるからだ。

話を為替に戻そう。
貿易収支は赤字が定着するかもしれない。
それでも、経常収支は対外投資のリターンによって黒字が定着すると期待されている。
基調的な経常黒字が続くなら、円高になりやすいと考える人もいるはずだ。
しかし、佐々木氏は、貿易と投資という営みの違いに目を向けている。

「貿易黒字は日本のメーカーが国内で作った製品を海外に輸出して得た代金である。
コストの大部分は円建てと考えられ、貿易黒字の大部分は速やかに円資金に換える必要があると推測できる。
一方、所得収支は過去の投資に対する対価であるため、すぐに円に換えずに再投資をする部分も多いと考えられる。

つまり、経常黒字が20兆円近い水準であっても、その大部分を所得収支の黒字が占める現状は、実需による経常的な円買いフローが多いとは言えない状況にある。」

なるほど、円高は進みにくいのかとホッとする。
いや、これこそ円安信仰の呪縛だ。
それではいけない。
急激な円高が進まないのはいいことだ。
しかし、円高要因が1つなくなることがいいことなのかどうか、まだわからない。


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