JPモルガンの佐々木融氏が円相場の見通し変更を宣言し、中期の円高、超長期の円安を予想している。
アベノミクス開始後、最近までは円安方向のトレンドが維持されると見ていた。
しかし、今回の動きを受けて、今後数年間は円高方向へのトレンドが続くとの見方に変更した。
佐々木氏はReutersへの寄稿で、円相場の中期予想を円安方向から円高方向へ変更している。
やはりコロナ・ショックがきっかけとなったようだが、いくつか理由が挙げられている。
いずれも重要な論点なので整理しておこう。
まず、中期的見通しから。
日米実質金利差
まず、ファクトを整理すると、米国をはじめとする先進各国で名目金利が短期から10年あたりまでゼロ近傍にある。
実質金利の動向を考えるには各国のインフレがどうなるかがポイントになる。
佐々木氏は日米インフレの温度差についてこう指摘する。
「新型コロナウイルス感染拡大に対する政策対応に日米間で大きな差があり、日本がデフレに戻る一方、米国のインフレ期待は比較的早めに回復する可能性がある・・・
今後数年間は実質金利差がマイナス方向に拡大することが予想され、円高方向への圧力が強まると考える方が自然だろう。」
「実質金利差がマイナス方向」とは、米国の実質金利の方が日本のそれより低くなるということだ。
その差が拡大するとは、米国債への投資より日本国債への投資の方が有利になっていくことを示し、円が買われることになる。
米名目金利がゼロに近づき、それでもインフレ期待は日本より高いため、米国債の魅力は相対的に低下した。
逆に、ディスインフレである分、日本の実質金利は相対的に高くなっている。
名目金利がゼロ近傍に集まったことで、インフレの低い通貨が選択されやすいのだ。
これは、最近まで多くの人が思い描いていた国別のイメージとは真逆のものかもしれない。
レパトリや原油安
佐々木氏は2点目として、日本企業による海外利益のレパトリを指摘する。
世界または海外に起因する危機の場合、日本企業は海外利益を海外に残さず日本に戻す傾向があるのだという。
もちろんこの場合、外貨を売って円を買うことになる。
また、教科書通り、経常黒字拡大も円高要因となる。
佐々木氏はこれに寄与するトピックスとして、最近の急激な原油安を挙げる。
原油を安く変えれば輸入金額は減り、経常黒字拡大要因となる。
最後に、佐々木氏は過去の円の実質実効為替レートの趨勢を紹介している。
「現状の円相場の水準が、過去20─30年の平均水準から15─20%程度割安となっている・・・
足元の状況、先行きのマクロ経済環境の想定に基づくと、もはやこうした円安水準を維持するのは困難であると考える。」
超長期は円安予想
佐々木氏は上記の中期的予想に加え、5年以上先のシナリオも提示している。
コンパクトだが楽しい読物でもあるので原文を当たられることをお奨めしたい。
1871年に生まれた通貨《円》が当初1ドル1円だったことから始まり、デフレ、高橋是清による拡張的金融・財政政策、デフレ脱却、金融・財政政策正常化、高橋是清暗殺、拡張的金融・財政政策への逆戻り、円暴落と書かれている。
財政拡大とつじつまを合わせるための金融緩和の巻き戻しがいかに難しいかを示す歴史である。
日米開戦直前の1939年には1ドル=4.25円だった。・・・
4年ほど経過した1949年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)がそれまでの日米インフレ率格差等を用いて算出して、一般に利用するためのドル/円相場として発表したのが1ドル=360円だった。
佐々木氏は、問題の本質は、財政を拡大し金融政策がそれを支えること自体ではないと主張する。
本当の問題は、足元の危機や停滞を脱した後だという。
経済が回復しデフレの恐怖が去った後、ついに実質金利やインフレに上昇圧力が加わり始める。
この時、拡張的政策をストップできるか、経済やインフレの過熱次第では巻き戻しが必要になるが、それができるのか。
佐々木氏は「まだ、そこまでは予想していない」というが、現状の日本を見回す限り(筆者も含め)巻き戻しというマインドは見当たらない。
よほどのインフレにならない限り、巻き戻しには向かわないだろう。
そして、日本人のほとんどが、インフレが再来することなどありえないと考え、あるいはインフレという概念さえ忘却しているのだろう。
佐々木氏は、歴史が繰り返すことを前提とした場合の超長期予想を述べ、さらに歴史が繰り返す可能性が高いとも述べている。
約80年前の経験同様、止められなければ歴史は繰り返し、そこから大幅な円の価値下落が始まるだろう。
佐々木氏の超長期の予想は2018年末のものと変化していない。
当時述べられていた超長期シナリオはゆっくりと実現に向かっているような感さえある。