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今傷みをいとえば1970年の轍を踏む:ナラヤナ・コチャラコタ
2021年12月21日

ナラヤナ・コチャラコタ前ミネアポリス連銀総裁は、インフレがスパイラルを起こすことのないよう、FRB利上げのペースを加速し、幅を大きくするよう促している。


私がFRBについて予想しているよりはるかに積極的な利上げをFRBが公表しない限り、その消極さは1970年代のグレート・インフレーション再来のリスクをもたらすだろう。

コチャラコタ氏がBloombergへの寄稿で書いている。

コチャラコタ氏は2009-15年ミネアポリス連銀総裁を務め、ハト派の急先鋒として有名だった。
同氏が今、FRBにインフレ抑制を促している。

興味深いのは、コチャラコタ氏が1970年代の再来を危ぶんでいる点だ。
インフレを心配する人でさえ1970年代とは状況が違うと話す人が圧倒的に多い。
それなのにコチャラコタ氏は勇気を持って1970年代再来の可能性を述べている。
同氏のハト派的信条の背景にあるのは危機感であり、潜在的リスクには行動しなければならないという思いであるようだ。
言い換えれば、とても心配性であり、心配があったら行動せずにはいられない性分なのだろう。

1965年初め、FRBはほとんどインフレを心配していなかった。
連邦政府がベトナム戦争への関与を大きく拡大するまでは。

なるほど、コチャラコタ氏はベトナム戦争とウィルスとの戦争を並べているのだ。
戦争特需がインフレを上昇させるのは驚くことではない。
問題は、特需(とそれにともなう供給不足)とは一過性のものであるはずで、したがってインフレも一過性であるはずだった点だ。
現実は違った。
特需が「インフレ心理を助長し」、FRBの金融政策がインフレの「自己強化的上昇スパイラル」に対応しきれていないという。
つまり、インフレのドライバーが財・サービスの需給から人々の心理へと重点を変えたのだ。
コチャラコタ氏はグレート・インフレーションの顛末を簡潔に記している。

米国に2桁の失業率をともなう残忍な景気後退を甘受させることでしか、FRBは結局物価への制御を取り戻すことができなかった。

コチャラコタ氏は野に降りた2016年も変わることなくハト派的意見を述べていた。
経済回復が不十分だとして需要側への刺激策が必要と主張した。
一方、そうした政策の限界も認識していた。
経済が十分回復すれば利上げが必要となり、結局は成長が阻害されてしまうのではないか、というものだった。
この限界を知りつつも、コチャラコタ氏は楽観と行動を提案していた。
刺激策は(ウィルスとの戦争というきっかけにより)財政・金融の両面で行動に移された。
ただ、楽観については結果論でいえば当てが外れた可能性が高くなっている。

コチャラコタ氏は昨年(大規模な政策対応により)インフレ目標達成の可能性が感じられるようになると、FRBの政策目標をインフレから雇用に変えるよう提案している。
そうでないと金融刺激策を止めなければいけなくなってしまうからであり、ハト派らしい考えだった。
これも実現したが、結果論でいえば、このアプローチが目下の高インフレを助長した面は否めない。

こうしたハト派的な提案をしてきたコチャラコタ氏が、今はかなりタカ派的に聞こえる提案をしている。
インフレ期待を高めないよう、金融引き締めの加速・拡大を促している。

具体的には、FRBは来年前半のFOMCごとの連続利上げの準備を始め、インフレが2%近傍に下がるまで続けなければいけない。
そうした急激な引き締めは短期金利を、FRBが『中立』と考える2.5%水準を大きく上回り、FRBの現在の予想よりはるかに高いところまで押し上げる可能性がある。

興味深い考えの変化だ。
危機感を重く見て、行動を促す。
そして、その結果について楽観を持つ。
それがコチャラコタ氏の本質なのかもしれない。

これ(引き締め加速・拡大)は市場にショックを与え、短期的な経済的傷みを及ぼすだろう。
しかし、将来のより大きな痛みのリスクを取り去ってくれるはずだ。


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